せらむん!

□はるみち
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天気予報で何度も繰り返し暖冬だといわれる今年。例年にはあり得ない程、陽射しが暖かいその日。
仕事が思ったよりもはかどり、予定よりもずっと早く帰宅した僕は、その春のような陽気のせいかわからないけど、とても眠かった。


リビングの陽の当たる所に、当然のように横になる。
こんなところをみちるに見つかったら、はしたないって怒られそうだけど。今はまだ家には僕しか居ないし、ぽかぽか気持ち良い昼寝の前では、それでもいいやと思えた。
あ、でも。ほたるの教育に悪いって言われたら、少し困るかも。いや、ほたるだってたまにはこういう事してみたらいいんだ。
みちるやせつなも、一度でいいからやってみるべきだ。
ぽかぽか陽射しに当たりながら考えて、いつしか僕は夢の世界へと旅立っていた。






目を覚ますと、結構ぐっすり寝てしまっていたみたいで、部屋が橙色一色だった。
夕方に差し掛かろうってのに、お日様の力は尊大で、未だ身体がぽかぽかしている。
そのせいでか、何となくまだ寝てたい。その欲望に抗うことなく、再度瞼を閉じた。
ふわふわと宙を浮くような、夢と現実を行き来するような感覚に浸っていると、何処からか話し声が聞こえてきた。
その声に何となく耳を澄ます。

「…れで……いの?」

みちるの声。

「…え。で……しょう。」

せつなの声。

ああ、二人とも帰ってきてたんだ?その割には僕、怒られてないな。バレてないのかな。
なんて夢見心地に思いを馳せていると、先程よりもハッキリ声が聞こえた。

「…せつな、私の…もうこんなになってしまったわ。」

「…これだけトロトロになれば…大丈夫でしょう。」


ところで…なんの話してるんだ?

「…じゃあ、ゆっくり…掻き回しますよ?」

「ええ。……ぁっ!」

……。

ちょっ!
な、何してるんだあの二人!?
みちるの小さな悲鳴と共にガタガタと何かの音。眠りの世界から一気に引き戻された僕の脳内には、…その、えっと…、つまりはそういう事しか浮かばなかった。
怒りなんだか妄想による興奮なのかわからない動悸を押さえつけ、更に耳を澄ます。

「…大丈夫ですか、みちる。」

「…ええ。でも、びしょびしょになってしまったわ。」

ああっ、みちるっ!びしょびしょだなんてそんなっ!僕、もう辛抱たまら…じゃなくて!!黙ってらんないよ!!

「二人で何やってるんだよ!」

飛び起きて、二人の元へ。怒鳴るような僕の声に、固まる二人の僕に向けられる視線。

乱れた格好でもつれあう二人。部屋に充満する女性独特の花のような甘い香り。…が、僕の予想。しかし予想は全く外れていた。
否。一つだけ当たっていた。
鼻腔を擽る甘い香り。

「……チョコレート?」

湯煎されたチョコレートは甘い香りを漂わせていた。








あの後の空気には本当に居た堪れなかった。
みちるはせつなにバレンタインのチョコレートの作りかたを教えてもらっていただけで。
みちるの悲鳴は湯煎で指先をやってしまって。びしょびしょになったのは水道で指を冷やす際に、慌ててしまった為に水飛沫を浴びたエプロンで。
二人の視線はただただ僕に突き刺さったものだ。


「…全く、一体何を想像してたのかしら?あなたは。」

寝室でふて寝をかます僕に、甘い香りを微かに纏ってみちるは意地の悪い笑みを浮かべて問う。

「…それを僕の口から言わすかな。」

大方解ってるからそんな笑い方するんだろ。ますます恥ずかしくて、面白くなくて。枕に顔を埋めた。
ふふ、と小さな笑い声とギシ、とスプリングの軋む音。

「冗談よ、拗ねないで。…それよりも、食べてくださらないのかしら。私の作ったチョコレート。」

「…もらう。」

ともあれかくもあれ、せっかくみちるが僕の為に作ってくれたものだ。もらう以外にあるものか。




綺麗にラッピングされた小さな箱。それを破らぬように注意しながら取り去ると箱を開けた。
中にはトリュフが幾つか。

「美味しそう。じゃ、早速いただこうかな。」

一つ手に取ると、みちるは思い出したように呟いた。

「そういえば私、完成したの味見してなかったわ…。」

「大丈夫だよ。みちるが作るものは絶対に美味しいから。」

思案顔の彼女にそう言ってトリュフを口に運ぶ。…と、不意にみちるから口付けられた。
トリュフの甘さとは別に、差し込まれた舌は甘かった。
溶けていくのはトリュフか僕たちの舌か。ふたつの甘さを僕は堪能する。
やがて絡み合うのが舌のみになって、みちるは唇を離した。

「……少し甘すぎたかしら。」

「いや…、僕好みだよ。」

「本当?良かった。」

「だから…もう一つ。」



甘いのちょうだい?






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