せらむん!

□はるみち
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「それで、どうだったの?CM撮影。」

「え?ああ…どうもないよ、普通に終わったよ。うん。」

パジャマに着替えてベッドに横たわるはるかに問えば、何とも歯切れの悪い答えに乾いた笑い。

「…はるか。」

じっと目を見つめれば、微かに外される視線。こんな時は大抵何かを隠している時で。逃がさないよう覆い被さって顔を寄せる。

「べっ、別に何もないよ。」

そう言う声色には何かが隠されていて。思わず零れた溜め息に、はるかの雰囲気が変わるのを感じた。

「…それより、この体勢。…みちる、誘ってる?」

耳元に唇を寄せての甘い声。私がそれに弱いのを知っていて。

「…もう。そうじゃなくって……っ。」

「最近忙しくて、してないもんな。」

耳にかかる熱い息に、声が震えてしまう。

「そう…じゃ、…んう」

私の抗議の声は、はるかの唇によって意図も簡単に遮られてしまった。
こうなってはもうはるかのペース。私は抵抗を止め、素直にはるかを受け入れるのだった。





考えてみればなんて事のないものだったのかもしれない。
元々はるかはTV出演等の仕事は好んで受ける事がなかった。加えて今回のCM依頼はスポンサーからの半強制的なもの。
撮影もきっと面白いものではなかった筈。
そんな事もあって口にもしたくない。のかもしれない。

…ただ。何となく怪しいのだ。
女の勘、と言ってもいいかもしれない。






心の隅に小さな不安を抱えたまま数日が過ぎ、それを忘れかけた日の事。
私は雑誌の取材を受けた。次のコンサートの宣伝も兼ねてのもので、インタビューは一時間程で終わった。
その後、記者の方々が是非と言うのでお茶をして、そろそろ席を立とうとした時だった。そういえば、とコーヒーカップをソーサーに置いて若い記者が話を切り出した。

「今春放映予定の天王はるかさんが出演するCM、ご存知ですか?」

ここではるかの名前が出るのはゴシップ雑誌等で私達の関係が取り上げられているからで。
好奇心の隠せない顔に多少の嫌悪感を抱きつつも、この間のはるかの対応を思いだして話に乗ってみた。

「いえ。天王さん、どのようなCMに出演なさるのかしら?」

「大手化粧品会社の口紅のCMなんですけどね。」

「あら、天王さんが?」

てっきり車やバイク関連のCMだとばっかり思っていた私は驚きを隠せないでいた。

「…海王さん、本当に知らないんですか?」

「ええ。」

「…そうですか。あ、いえね、そのCMにキスシーンがあって、天王さんの相手の女性が凄く美人らしくて。芸能界中が騒いでるんですが、一切の情報がなくて…。もしや海王さんかな、と思ったんですが…。」

キスシーン。彼は確かにキスシーンと言った。
しかも相手の女性は美人。
何となく…。何となくはるかが話さない理由がわかった気がするのだけれども。

「…そろそろよろしいかしら?私、用事があって。」

「あ、すいません。引き留めてしまって。」

軽く挨拶を済ませ、帰路に着く。
内心穏やかではなかった。
仕事でのキス。断れない仕事ならば尚更仕方ない事。それがわからない程私は幼くはない。それははるかだってわかっているはず。
なのに。
何故はるかは話してくれなかったのだろう。相手の美人と如何わしい関係でもあるのか。だから、話せなかったのか。
熱くなり始めた思考は止まる事なく、苛々とした足取りで帰宅した。

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