気がつくと薄闇の中にいた。
右も左も、上下すら判らない闇の中に一人でぽつねんと漂っている。
そのあまりにも現実味溢れる浮遊感が訝しくて足元を見れば、靴の裏は何にも触れてはおらず、実際に宙に浮いていることが判った。
何故こんな場所に。
いったいどうなっているのだと辺りに目を凝らしていたとき、遠くのほうに輝く金色のものを発見した。最初は星の瞬きのように小さかったものは徐々に大きさを増しており、どうやらこちらへ近付いてきているらしい。
何が起こるか分からなかったせいで一抹の不安を感じていたのだが、しかし現われたものに見覚えがあったために安堵感が湧いた。一度見たら忘れられないほど強烈なそれを目にした瞬間に、彼の中で全ての謎が明らかになったのである。
この薄闇の中にあっても煌めいている黄金の髪に、こちらもまた別の意味で光を放つ鮮やかな海色の瞳。恐ろしくなるほどに整い過ぎた美貌に浮かんでいるのは、ゆるぎなく溢れ出でる自信だ。
不敵な笑みを顔中に湛えたその人物の発する眩しさに目を細めながら、こちらも笑顔で挨拶をしようとして、さすがに僅かばかり視線がずれてしまった。魔王という人々が恐れる肩書きについていたはずの彼――ボブは少々戸惑いつつ、それでも微笑んだ。
「これはこれは、お久しぶりです陛下」
「息災そうでなによりだ」
圧倒的な存在感にも臆することのない余裕を所持していたつもりだがと、自嘲しながらも発した挨拶にすぐに返事を返され、おまけのように付け足された言葉に、今度こそ苦笑した。
「しかし老けたな」
あまり声に感情はこもっていないものの、本当にそう思っているらしく、こちらをしみじみと観察しているのは自分よりも遥かに年上の男だ。
「あなたと一緒にしないでいただきたいですな。私は普通の魔族なんですから」
「ぬかせ。普通ならもうとっくに代替わりしている頃だろうが。そちらの世界からみれば化け物のたぐいなんじゃないのか」
「あなたに言われても」
桁が違うでしょうにと笑いあった後で、四千年も国を護ってきた男は、ところで、と前置きをしてから用件をきりだした。
「頼みがあるんだが。ああべつにたいしたことではないぞ、お前なら容易いだろう」
すぐに本題に入ってくれたことをありがたく思いつつ、小首を傾げることで先を促せば、蜂蜜色をした美しい髪を軽く掻きあげながら彼は前代未聞な願いを告げた。
最初はこんな感じでシリアスっぽいですが、ラストは全然違います…