あれは!
 あれは間違いない!

 いつもはあまり気にならない街の混雑が今は堪え難かった。ああ、あのひとが行ってしまう。背が高いおかげでまだ見えているが、でもこのままじゃ見失ってしまう。そんなのは嫌だ、せっかく逢えたのに。
 なんでこんなに人がいるんだ。大きな市場が建っているのだから当たり前だ。ただでさえここは王都で人口が多い上に、市のせいで地方からも集まっているんだし。
 自問自答してしまった自分に嫌気を抱きつつ追いかける。けれど全然追いつけない。思わず呼んでしまった名前はことのほか大きかったようで、回り中が一斉に振り返った。けどこっちはそんな人々の好奇な目などに構っちゃいられない。早く、早くあそこにたどり着かないとあのひとを見逃してしまう、久方ぶりに逢えたのにと、余裕なんかこれっぽっちも無かった。
 だけど無常にもこんな必死な僕の声には気付かなかったらしい。またしても姿がどんどん遠ざかっていってしまっている。人込みに肩や腕をぶつけ捲くって、それでも思うように進めなくて、どうしようもないくらいに苛立った僕がまた発した呼び声は、どうやらさっきよりずっとずっと大きかったらしい。こっちに向かって大荷物で歩いてくる恰幅のいいおかみさんや、腕を組んでいちゃつく男女や、立ち塞がるようにのんびりと歩く老人なんかで充満した大通りに突然、一本の道が開けた。
 好奇心でもなんでもいい。あのひとへと続くこの道を作ってくれた通行人の皆へ心から感謝しつつ、彼女の元へ一目散に駆け寄った。
 ああ、ようやく追い付いた。

「姫!!」

 振り返る彼女。綺麗な髪の毛が翻り、ファサリと肩に当たる軽やかな音がした。まるでカーベルニコフ地方の海のような青く輝く瞳がこちらを見る。驚きを含んで軽く見開かれている瞳は美しい。あいかわらずに美人だよなあ彼女は。こんな顔も可愛……って…あれ?
 人工的なものじゃない光の中、お日様の下で見る彼女はいつもとちょっと違う気がした。
「えっ…あれは男の子じゃ」
 声をかけた僕の顔を見てから、周囲の人達は次に彼女を、ではなく、彼女の横に居た人物を見た。
「男…だよな?」
「でも姫ってのは女だろ?」
「うーんでもさー」
「どっちにしろ、あの子めっちゃカワイくない?」
「あれだけ可愛いんだからやっぱ女なのかもよ。全然乳はないけど」
 なにを言ってるんだこの人達は。なんでその少年を指しているんだ? この子はどうみても男の子じゃないか。
 女と言われた彼も案の定に不満らしい。息を切らしているためすぐには喋れなかった僕の代わりにとでもいうように、囁く見物人にかなり不機嫌そうに突っ掛かっている。
「ちょっとやめてよ冗談じゃないよ! この僕のどこが女だって言うのさ? んなわけないじゃん、ほらちゃんとよく見てから言ってよねっ!」
 頭に被っていた布を脱いだ少年に一瞬見とれてしまった。いけない、彼女というものがありながら。でも凄く綺麗な子だ。金の髪の毛はちょっと胡散臭い色をしているけど、青い瞳は姫のものにも負けてない輝きを発している。うん、そんなキラッキラした目で睨みつけられたらちょっと声でないよね。好き勝手言ってた見物人の言葉が一瞬途切れたところで、姫が形の良い唇を開いた。
「あのぅ、それ逆効果だと思うんスけど」
 あれ? なんか今日は声が低いような……風邪でも引いているのかな?
「だって酷いじゃないか、この僕を女だなんてッ」
 なんだか嫌な感じに違和感を感じる僕の前で、少年は不機嫌そうに頬を膨らませている。けれどそれは姫の言う通りに逆効果ですよね。だって周り中は余計に興奮しているから。 
「かっ可愛いィ」
「これはまた…」
 オオオオーとざわめく観客達に、金髪美少年は眉毛を真ん中に思いっきり寄せてから服を捲り上げた。
「だから僕は男だから、ほら証を見せようかッ?」
「わあーっ、げ…坊ちゃん、駄目ですってば、こんなところで脱いじゃダメ!」
 慌てて止めに入った姫に、その隣にいたもう一人も加勢する。
「そうだよダメだってばムラケン、ストップストップ、ストリップは大人になってから!」
「だってこのひとたちが失礼なことを…ていうかしぶ、原宿君、きみなに言ってんの?」
「い、いやつい…」
 美少年が呆れた顔をしているけど、すとりっぷってなんだろう? 僕以外の人も分からないみたいなのに、でも彼等の会話は滞りなく進んでいた。
「誰かさんみたいだよ」
「撒いてきたひとの名前思い出させんなよ、罪悪感感じちゃうだろ。たまには過保護な保護者抜きでエンジョイしようって言った本人が」
「忘れたかったのはこっちのほうだよ誰のせいだよそんなに保護者が恋しいのかい? 彼がいると行く所が限られてしまうからつまんないって愚痴った張本人が」
「ぐ、愚痴ってなんかないだろ。ただおれはちょっと、たまにはハメを外したいなあ〜って漏らしただけで、別にあのひとが嫌とかじゃないって」
「ほんとに最近は過保護に輪をかけてるもんねー彼」
「なー…いい奴なんだけど、でもちょっと最近はなー」
「いいから早くポンポンしまってくださいよあなたは」
「うわ、ちょっと、子供扱いすんなって」
「いいから、ほら」
 姫が強引に捲り上げていた服を下ろし、少年の腹部をしまいこんだ。それから僕をちらっと見た。いつもは楽しそうな彼女の釣り目がちな瞳の端が、今は眉と一緒にちょっと下がっている。

「……それに彼の言う相手は、多分このアタシだと思うんですよー」

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