十二国記小説

□緋色の邂逅 05.12.1
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 この巧国からの留学生はとてもいい奴だが、あまり友人は多くない。雁は半獣の規制は無いものの、中にはいまだにあからさまに差別する者もいるからだ。
 半獣で、しかも貧しい巧国から来た若干二十二歳のこの青年は、十二ヵ国一の難関といわれる雁国大学に、少学さえ出ていないのに主席で入学したものだから、大学の中でもかなり浮いた存在なのである。
 その大学に十九歳という若さで入学した自分よりも彼は周りからあからさまに敬遠されていた。
 教師でさえネズミ姿のままでは講義を受けさせないという者もいるし、図書府では念書を書かされる。――それを知った鳴賢は酷く憤ったけれど、当の本人が気にしてないようにのほほ〜んとした態度を取るので呆れるやら力が抜けるやら。

 そんな彼の人柄を解ってきたのか、最近は親しく話し掛けてくる者も増えてきたが、それも大学の中での事だ。学校の外で、故国から遠く離れたこの関弓の街で、こんなに親しげに話しかける知り合いがいたなんて。
 自称親友の鳴賢としては凄く面白くなかった。

「文張」

 声を掛けると、忘れていたといった顔でネズミがこっちを向いた。その顔に忘れてたのかよこのやろう、と睨みつけようとしていた鳴賢の動きが止まる。
 ネズミの毛皮に顔を押し付けていた人物が顔を上げて鳴賢を見つめたからだ。

 燃えるような真紅の髪とは正反対の深い翠の瞳は何処までも澄んで、まるで森の中に迷い込んだように鳴賢は立ち竦んだ。

 子供の背丈程しかないネズミに抱き付いていた為に跪いた格好で、下から見上げるように鳴賢をじっと見つめている。
 その双眸に、雷に撃たれたように彼の身体は動かなくなった。
 どくり、と心臓が止まった―――ように思えた瞬間、赤い髪の人物が口を開いた。


「文張、って楽俊の大学での字(あざな)、だよね?」

 凛とした声にまたしても鳴賢の鼓動が跳ね上がる。少年にしては高い、しかし耳に心地良いその声に聞き惚れていると、少年は楽俊に問いかけた。
「大学のお友達?」
 問いにネズミは頷いて彼に話しかける。
「ああ鳴賢だ。鳴賢こいつは――」
 しかし楽俊が言い終える前に少年が口を挟んだ。

「鳴賢!?」
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