小説

□きみに歌を 05.11.6
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「よっぽどお好きなんですね」
「―――は?」

 突然かけられた言葉に、村田は読んでいた本から目を上げて声の主を見た。
「……いきなり何、ヨザック」
「歌ですよ、歌」
「歌?」
「その歌、よく歌ってらっしゃるから、よっぽどのお気に入りなんだな、と」
 微笑ましいといった表情のお庭番とは裏腹に、大賢者は渋面を作った。
「……僕歌ってた?」
「あれ、気がついてなかったんですか? しょっちゅう歌ってますよ、鼻歌だけど」
「そうなの?」
「あらま、無意識? 機嫌良さそうな時はいつもなにかしら歌ってますよ、ふんふ〜ん♪って」
 ヨザックが教えてやると村田はたちまち眉を寄せた。
「そうなんだ…」
 顎に手をかけて考え込む村田に、ヨザックが笑いを堪えるように言葉を繋いだ。
「鼻歌もいいですけど、でもグリ江は猊下がちゃんと歌ってらっしゃるところも聞いてみた〜い」
 シナを作ってお願いしてみても、大賢者様はそのままの表情で考え込んでいる。
「猊下?」
「………なんか言った?」
「聞いてらっしゃらなかったの? 歌ってほしいって言ったんですよ」
「……いつも聞いてたんだろ?」
「でもぉ、いっつもふんふーんだけだからー、ちゃんと歌詞付きで聞いてみたぁ〜い」
 しな垂れかかるようにオネダリしてみると、村田は間髪入れずキッパリ否定した。
「嫌」
「え〜、いいじゃないグリ江のお・ね・が・いっ」
「い・や・だ・ね」
「何でそんなにイヤがるんです? あんなにいい声してらっしゃるのにぃ」
「うるさいな、嫌っていったらイヤなの!」
「まさか歌詞覚えてないとか?」
「馬鹿言わないでくれる? 僕の記憶力は筋金入りなんだか……あ」
「じゃあいいじゃないですかー、ねっ、ねっ」
 両手を組んで上目遣いでキラキラ瞳を輝かせている筋肉質の大男に村田は溜息をついた。
「あのね、きみがそんな仕種しても可愛くないから」
「ひっど〜い、グリ江は可愛いねってよく言われるのにぃー」
「だからね、そんなクネクネしてもね」
「やだっ、猊下がうんって言ってくれるまでずーっとこのままなんだからぁー!」
 更にクネクネしだしたヨザックに村田が額に手を当てた。
「……わかったよ」
「やったー!」
 だが嬉しそうに顔を綻ばせたヨザックに条件が出された。
「何か楽器持ってきたらね」
「楽器、ですか?」
「そう、アカペラは流石に照れ臭いから。楽器は何でもいいけど、できれば弦楽器がいいなあ」
「あかぺらってなんですか?」
「音楽無しに歌うことだよ。ほら早く持ってきて、僕の気が変わっちゃう前にね」

 その言葉に慌ててヨザックが部屋を飛び出した。
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