小説
□ぼくの婚約者 05.10.30
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そもそもの発端は本当に偶然だった。たまたま自分の部屋の、やたら毛足の長い絨毯に有利が躓いてつんのめったところを、たまたま隣にいたヴォルフラムが支えようとして、でも支え切れなくて、勢い余って倒れ込んだトコロがあのやたらデカイベッドだっただけの。
「あぃてて…あっと、悪いヴォルフラム大丈夫か? ケガは?」
ヴォルフラムを下敷きにしてしまったことに気付き、慌てて体を退かそうとした有利の手を下からヴォルフラムがギュッと掴んだ。
「ヴォルフ?」
怪訝に思った有利がヴォルフラムの顔を見ると、彼は下からジッと潤んだ瞳で見上げている。
その可愛らしさといったら!
どんな美人も敵わない。天使だって裸足で逃げ出すだろうというとんでもないもので、地球産の有利は思わず見とれてしまった。魔族の美しさには大分慣れたとは自負していたのだが、不意打ちにドアップで目に入ればさすがに有利も対応が遅れる。それがまずかったのだが、その時の有利にそんなことを考えている余裕は無かった。ヴォルフラムのあまりの美少年っぷりに、怪我してないかと言うのも忘れ、絵画鑑賞するようにジッとただ見下ろしていた。さながら教会の絵をやっと見るコトができたネロとパトラッシュのように。
ヴォルフラムにしてみれば、倒れ込んだ拍子に有利の肘が鳩尾に入ってしまい、文句の一つも言うつもりで、でも腹が痛くて声がすぐに出ないから代わりに有利の手を掴んだだけだったのだが。目が潤んでいたのも痛かったから。しかし黙って自分を見下ろしてくる有利の視線に、ヴォルフラムは心臓が早鐘を拍つのを自覚した。
ユーリが自分を熱い目で見つめている。気高い闇の瞳でジッと自分だけを見つめている。
しかもここは寝台の上だ。押し倒されて、上にのしかかられて、見つめられている!
やっと決着をつける気になったのか、とヴォルフラムが勘違いしてしまうのも無理はない。好きで好きで堪らない婚約者にそんなことをされたら誰だってそっと瞳を閉じるハズだ。
女なら。
ただしヴォルフラムはれっきとした男だった。
しかも八十二歳の成人男性。たとえ身近な者にわがままプーと呼ばれようと、彼は心の底から男だった。