小説
□謎の人2 05.10.28
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「あれ、お兄さん」
突然掛けられた声に振り向くと、そこには弟の友人の村田健が立っていた。
勝利と同じく全身ずぶ濡れで。
「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない」
「そうだったね、友達のお兄さん」
にっこり笑って返事を返してくる村田は、勝利にとって苦手な人間だ。
人前では真面目な爽やかエリート大学生という仮面を被った勝利は、こいつの前では何故か解らないが上手く仮面が被れないのだ。
「凄い雨だよね。いきなり土砂降りで雨宿りする暇もない。こういうのをバケツを引っくり返したようなっていうんだろうね」
「そうだな」
素っ気無く返事をする勝利に、村田は濡れて張り付いた前髪を掻き上げながら笑う。
「でもいくらなんでもこのまま帰るのは無謀じゃないかな、お兄さん。よかったらうちで雨宿りしていかない?」
「いや結構だ」
「でも渋谷家はここから結構あるし、雨しばらく止みそうにないよ? 雨の中眼鏡で歩くの大変じゃない、曇っちゃって」
「…確かにそうだが」
「でしょ。僕も眼鏡仲間だからわかるんだよ。ほら僕の家すぐ近くだから」
「いやしかし」
「遠慮しなくていいってば。ほらこっちこっち」
半ば無理やりのように連れてこられて、勝利は戸惑いながら村田家のドアを潜った。
「お邪魔します」
高級マンションの一室にある村田家はシンと静まり返っている。
「はいタオル、シャワー先にどうぞ」
村田は自分もタオルで頭を拭きながら勝利にバスタオルを渡す。
「いやお前が先に…」
「やだなー、お客様が先に決まってるじゃない」
「お前の方が年下なんだから先に入れ。俺は後でいいから」
勝利のその言葉に村田が目をパチクリとさせた。
「…でも」
「いいから」
真っ黒な目でじっと見つめられて勝利は目を逸らす。何故か頬が赤くなった気がする。
「わかったよお兄さん。待ってて、五分であがるから」
笑いを堪えた村田が風呂場に走っていく。
その背中に、いやゆっくりでいいからと言いかけたが、すでに村田の姿は消えて水音が聞こえ出していた。