十二国記小説

□東風(ひがしかぜ) 07.3.26完結
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「あれ〜、陽子じゃないか」

 人々の喧騒で溢れかえる雑踏の中で青年は知り合いを見つけて声を掛けた。その人物の燃えるような緋色の髪はどんなに大量の人でごった返している関弓のこの街でも見間違えようが無い。
「鳴賢?うわー偶然だね」
「久しぶりだな、元気だったか?」
「うん、鳴賢も変わりなさそうで良かった」

 そう言って少年の格好をした少女は朗らかに笑った。「溌剌」という言葉がピッタリのこの少女は鳴賢の親友の親友だ。以前彼と街を歩いていた時に今と同じように偶然逢ってから、何度か顔を合わせたことがある。一目見たら忘れられない程の強烈な印象の彼女は、緋色の髪に翠の瞳の類稀なる美貌の持ち主である。いつも袍を着ている為に少年に間違われるけれど、鳴賢は彼女が女である事を知っている。

「どうしたんだ今日は?文張は一緒じゃないのか?」
 鳴賢の質問に、ああ、と彼女は微苦笑する。
「楽俊とは明日会う約束なんだよ。本当は明日の昼頃に来る予定だったんだけど、ちょっと早く着きすぎちゃった」
 あははと頭を掻く陽子に鳴賢も笑う。この少女が親友に会えるのを楽しみにしているのを知っているからだ。待ち遠しくて気が急いたのが手に取る様に分かって彼は笑みを深くする。
「俺、文張呼んで来ようか?」
「いいよ、明日会えるんだし」
「でも別に今日でも構わないと思うぜ?どうせあいつ図書府か房室で本読んでるに決まってんだからさ」
「ううんいいや、明日から三日間ずっと一緒にいられるんだし。それよりさ、鳴賢は今暇?何か用事ある?」
 突然上目遣いで見つめられて、鳴賢は心臓の鼓動が速くなったのを悟られないように平静を装った。
「いいや。今から飯でも食いに行こうかなーと思っていたとこ」
「じゃあ私も一緒に連れて行ってはもらえないか?関弓は食堂がたくさんあって、どこがいいのかさっぱり分からなくてさ。楽俊はどこでも美味しいって言ってたけど、どうせなら特に美味しい所がいいじゃないか。良い所知っていたら是非教えてほしいんだ」
 駄目かな?と小首を傾げて尚も見上げてくる陽子に、鳴賢は少々声が裏返ってしまう。
「で、でも、俺が知っているのって学生が行くような安くて汚い店ばっかだぞ」
「そういう所がいいんじゃないか。私は気取った所よりそんな店のが好きだよ。安くて美味しいにこしたことはない」
 だからぜひ連れてってくれと頼まれて鳴賢は仕方なく頷いた。陽子の願いを彼が断れる筈がない。ましてや、こんな笑顔を向けられては。
「本当に汚い店だぞ?」
 念を押して歩き出した彼の後を嬉しそうに陽子がついてくる。その楽しそうな様子に苦笑しながら、そういえばさ〜、と鳴賢は前から疑問に思っていたことを口にした。

「お前さー、何で男物しか着ないんだ?せっかくの美人が勿体無いぞ」
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