十二国記小説

□緋色の邂逅 05.12.1
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 午後の陽射しを浴びて街は活気に溢れている。
 ここは雁国の首都、関弓だ。十二ある国の中でも二番目に長い大王朝を築きあげた延王のお膝元である。人々は他国の人間が羨む程の平和で豊かな暮らしを陽気に楽しんでいた。それはこの人並で溢れた街を見れば一目瞭然だろう。
 そんなごった返した人込みの中を歩いていた二人連れの内の一人がいきなり上ずった声を上げた。

「うわあっ!? な、なっ、なんだあ!?」

 横を歩いていた青年は突然変な声を出した友人――ネズミの半獣である男を見た。
「やぁっぱり楽俊だ」
 聞きなれない声はネズミの後ろにくっ付いた赤い毛玉――いや、これは髪の毛だ、からしている。その声の持ち主はネズミを後ろから羽交い絞めにするかのようにしがみついていた。
 自分の名を聞いたとたんに首を後ろにグリンと向けたネズミは、声の主の緋色の髪を見て驚いたように声を上げた。

「よっ、 陽子ぉ!?」
「あったり〜」

 クスクスと笑い声を立てながらもまだネズミの肩に顔を埋めるようにしている人物は、どうやら彼の知り合いらしい。慌てて離れようとするネズミを無視して、灰茶色の毛皮にぐりぐりと顔を押し付けて「やっぱ楽俊が一番気持ちいいや」と心底からそう思っているらしい声で相手は呟いている。
「こらっ、いいかげんに離れろって、このっ」
「いいじゃないか、久しぶりなんだから」
「そういう問題じゃなくてだな!」
 口ではたしなめるネズミの声に、だが優しい響きが混じっていた。

 こんな文張を見るのは初めてだと鳴賢は思う。

 ネズミの姿の彼は表情が読み取り難いが、しかし彼には髭と尻尾というものがあって、これが大変感情豊かなのだった。
 嬉しい時には尻尾がゆらゆらと揺れて髭が上がる。反対に悲しい時には髭がしょんぼりと下がるし、尻尾もだらりと垂れてしまう。驚いた時などは髭も尻尾もピーンと立てて毛まで逆立ったりするので一目瞭然なのである。

 今の彼はまだびっくりしているのか毛は逆立っているものの、髭は最大限といっていい程上がっているし、尻尾もゆらゆらと揺れている。「凄く嬉しい」と全身で表現しているのだ。
 こんなに嬉しそうな楽俊を見るのは初めてで、鳴賢は少し面白くない。

 ―――こんな知り合いがいたなんて。
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