十二国記小説

□受難3〜尚隆編〜 08.7.14
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「しょうりゅうーーっ!! どこだあー尚隆ぅーっ!!」

 本来なら呼び捨てにすることすら罪にあたる名を惜し気もなく、そして怒気まで孕んだ切羽詰まる声で叫ぶ男がいた。
 とても穏やかではないが、しかしこの国ではありふれた光景なので、誰からも咎められたりなんぞしない。むしろ彼がこんなふうになっている場合は誰もが該当人物を捜すのを手伝ってくれる。というよりも、それがこの国ではどんな任務よりも優先されていた。手の空いている者は、いや空いてなどいなくても誰も彼もが、ほぼ全員といっていいくらいに総動員で捜索を手伝わされる。この事は国民にはあまり知られてはいないが、幻影宮では敵の侵入を阻むよりも、内部からの逃走を防止する警備のほうが重要である。厳しい警備体制は全てこれに費やされているといっても過言ではない。

 しかし本日は珍しく呼ばれている本人が居た。それもありえないことに、机に向かっているという姿で。

 彼の名は小松三郎尚隆。雁州国という五百年以上の歴史を誇る大国を治める王として、肩書も業績も偉大だ。
 だのに側に控える臣下からはあまり敬われてはいなかった。この国では側近になればなるほど、「主上」と呼ぶ率は低くなる。尚隆と呼び捨てにするのはまだいいほうで、うつけ者とか馬鹿殿とか昏君とか、皆が好き勝手に呼んでいる。さすがに面と向かって本人に告げるものは少ないのだが、肝心の王自身が全然気にしてはいないので、というよりもそう呼ばれるのが楽しそうだったりするので、余計に周りの者を苛立たせるのだが。

 しかし普段なら面白い事でも起こったのかと、にやけた顔をしてくるはずの尚隆は、大声での呼びかけにすこぶる嫌そうにして手にしていた筆を置いた。

「喧しいぞ猪突」

 走りながら部屋の前を通り過ぎようとしていた帷湍が、その声に驚愕の表情で足を止めて振り返り、次に眼を剥いて問い質してきた。

「おおお? お前っ、なんで政務してるんだ!!」
「……ずいぶんな言い草だな。貴様が俺をここに縛り付けたんだろうが」
「そうだったか?」
「お前な…」

 尚隆が苦々しい顔で息を吐いても通用しない。呪まで使って机から逃げられなくした張本人は、自分のしたことをこれっぽっちも覚えておりませんといった切羽詰まった顔で詰め寄る。

「そんなことより、お前ちょっと来い!」
「政務はいいのか」
「それどころではないんだ」
「なんだ、お前がそんなに慌てるなど珍しいな」
「いいから早く来いっ!」
「動けんのだが」
「ああもうっ」
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