□'08 ハロウィン
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お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ、らしい。
一ヶ月くらい前からスーパーでも黒とオレンジをよく見かけるようになり、かぼちゃがちょっとお高くなったり、期間限定のお菓子が出たり。
一緒にスーパーに来ていた銀さんは、もうそんな季節かーなんてどうでもよさそうに言っていたけど、絶対当日はお決まりのセリフを僕に投げてくるよね。
糖尿病目前患者がお菓子なんて欲しがるな。
というかいい大人が「しちゃうぞ」とか言っても、可愛くもなんともない。
むしろキモイ。

万事屋に向かう道中、そんな銀さんを想像してげっそりしてしまう。
お菓子は渡したくない。
だけどイタズラもされたくない。
神楽ちゃんがいなかったら、イタズラを通り越して本気になりそうなんだもん。あの人。
はぁと溜め息を吐いて、手に下げたビニール袋に視線をやる。
神楽ちゃん用の飴玉。
袋詰めされた色々な味の飴。
一つじゃあ足りないだろうし、何より他の子に神楽ちゃんが言われた時に渡せるように。
そしてもう一つ。
自分でもほとほと甘いなぁとは思うけど、イタズラされるよりはいいかと思う。
今度は自分に溜め息を吐いて、もう目前に迫った万事屋の看板を見上げた。

「おはようございまーす」

扉を開けると、いつもはまだ夢の中の二人が玄関に寝間着のままちょこんと正座していた。
二人してきらっきらした瞳を僕に向けて。
お決まりの文句を発するよりこっちが先に、朝ご飯が先ですとぴしゃり。
大きな子供は子供と視線を合わせてつまらないと零す。
はぁ。
やっぱり一緒になって楽しもうとしてる。
とりあえず袋をしまって朝ご飯の支度にかかる。
さっさと食べられるように今日はパン。
目玉焼きを焼いてサラダを付けて。
牛乳といちご牛乳も用意して、召し上がれ。
味なんてどうでもいいのか、物凄い勢いでなくなる。
作り甲斐があるのかないのか。
今日何度目かの溜め息を吐けば、二人同時に手を合わせてごちそうさまでした。
お粗末様でしたと言うより先に、今度は二人がにやっと笑って。

「トリック オア トリート!」

そんなにお菓子が欲しいのかなぁ。
よいしょと若者らしくない掛け声でソファから腰を上げ、しまってあったビニール袋を取りに行く。
神楽ちゃんに飴の袋を渡せば、きゃっほーと二回くるくる回って定春と出て行ってしまった。
見せびらかすのかな。
それならもっといいものを買ってあげればよかったな、なんて仏心が顔を出す。
元気な背中を見送れば、俺はと期待に満ちた目が僕を見つめる。

「糖尿病患者がなに言ってんですか。ありませんよ、お菓子なんて」
「はぁ?神楽にあって俺にないって酷くない!?」
「酷くないです」

さーて片付け片付けと食器を重ねていく手を、力強い手が阻む。
ほんっと糖分のこととなると諦め悪いな。

「悪戯、されたいわけ?」

少し低いトーン。
このままだとソファか畳みの上か。

ちょっと待ってて下さいと銀さんの手を解き、台所に隠してあったもう一つを手に応接間に戻れば喜色満面の上司。
お手軽、とは口に出さずにソファに座り、タッパーの蓋を開けてどうぞと差し出した。

「なに、これ」
「茶巾ですよ。かぼちゃの」

甘さ控え目のお手製。
ほんっと僕は馬鹿じゃなかろうか。
仕事が終わって帰ってからこんなもの作ってんだから。

「なんだやっぱり俺の分も用意してくれてんじゃねーか。早く出せっての。んじゃ早速。いただき――」
「トリックオアトリート」
「は?」
「もちろん僕にも用意してくれてるんですよね、銀さん?」

貰うだけ貰おうなんて甘い。
お預け状態の銀さんは、あーとかうーとか言いながら頭を掻き、へらり笑った。

「じゃあイタズラです」

ひょいとタッパーを取り上げれば、情けない悲鳴。
これくらいのイタズラ、かわいいものでしょう?

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