□特別な日だから
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朝の万事屋。
いつもは銀さんも神楽ちゃんも寝ていて静かなその空間が、今日は甘い匂いに包まれていた。
神楽ちゃんもその匂いに誘われたのか、毎日僕が起こさなきゃ起きないくせに、着替えてソファで足をぶらぶら揺らして鼻歌を歌って上機嫌。
部屋を満たす匂いの元へ進んでみれば、寝間着のままで台所に立つ銀さんがいた。
こちらもまた鼻歌交じりで、指先にはいつの間に買ってきたのか、ヘタを取ったイチゴ。
絞り出された生クリームの上にそっと飾られ、落ち着いた。

「よーし。完成!」
「なにやってんですか」

僕の存在にようやく気付いた銀さんは、にんまり笑っていい出来だろと出来上がったばかりのケーキに視線を移した。
オーブンに入るギリギリの大きさのスポンジ。
職人技かと思わせるように絞り出された、白雪のような生クリーム。
等間隔に配置されたイチゴ。
出会った時にうちの台所を使って勝手に作っていたホールケーキとよく似ている。
きっとものっすっごく甘いんだろうなぁと苦い顔で見る僕とは対照的に、銀さんは愛おしいものを見る視線を送っていた。
そんな目、僕にもしないくせに。
って、何考えてるんだ僕は。
ただ銀さんが自分で作ったものを自画自賛してるだけじゃないか。
ケーキにまで嫉妬って駄目すぎだろ。
大体嫉妬とかしてる場合じゃないよ。
銀さんが自慢したくなるほどデザート系作るの上手いのは知ってるけど、アンタ糖尿病予備軍でしょうが!
いやもう予備軍とかじゃなくて糖尿病だよね!
僕がどれだけ家計やりくりして糖分調節しながら食事作ってるかなんて、気付いてもいないんだから。
あ、なんか空しくなってきた。
僕の頑張りはなんだったんだろう。

「…それ、どうするんですか」
「朝飯に決まってんだろ。おーい、神楽。飯できたぞー」
「待ってましたアル!」

ちょっと待ってと止める間もなく、台所に飛び込んできた神楽ちゃんがケーキを奪うように運んで行ってしまった。
なんで?
どうして?
朝からケーキって有り得なくない?
いや、有りかもしれないけど、わざわざ早起きして作って食べるもの?
疑問をぐるぐる巡らせていると、優しい手が僕の頭を撫でた。

「誕生日くらい大目に見てくんない?」

見上げた先にはお願いするように小首を傾げる銀さん。
え、ていうか今なんて言った?
誕生日?
今日が?
銀さんの?

「そーゆーことなんで、プレゼントちょーだい」
「そ、そんなこと言われても今知ったのに――っ!」

ちゅっとわざと音をさせて掠める唇。
耳元でありがとうなんて囁かれたら。
ケーキの上に乗ったイチゴより赤く染まって。

「ぎぎぎぎぎぎぎ銀さんっ!」

何するんですかとか、神楽ちゃんが向こうにいるのにとか、文句を言いたいのに、ふわり幸せそうに笑む表情を前にすれば何も言えなくなった。
ズルイ。
ズルイ大人だ。
僕が銀さんに惚れて惚れて仕方ないこと知っててそんな表情するんだから。
悔しいから一度睨み上げて、負けましたと銀さんにそっと抱きついた。
甘い匂いと銀さんの匂いに目を閉じて、今日だけですからねと可愛くないことを言えば抱きしめ返されて。
ああ。向こうで神楽ちゃんが呼んでる声がするのに、離れたくないなんて。
きっと今日が特別な日だからだ。
そういうことにしておこう。

「銀さん。誕生日おめでとうございます」

じゃないと、自分から口付けるなんてこと、恥ずかしすぎてできないから。

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