□七夕
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「銀ちゃーん!新八ー!」

階段をだかだかと勢いよく駆け上がってくる音に気付いたと思ったら、すぐ玄関の扉が開けられ元気のいい声が万事屋に響き渡った。
同じように床板を鳴らしながら居間に駆け込んでくるかと思えば、少し静かな時間が訪れる。
新八のしつけの賜物か、神楽は脱いだ靴をきっちり揃えているらしかった。
それに満足しながら新八はおかえりなさいと迎え入れ、神楽はただいまヨとにぃっと笑って、手に持ったものを自慢するようにずいっと腕を伸ばした。

「九衛兵にもらったネ!」

神楽の手の中で、枯れた葉が一つもない青々とした見事な笹が誇らしげにその葉を揺らす。
それがどうしたとソファの背に凭れながら鼻を穿りながら問う俺とは対照的に、新八は胸の前でぱんっと音をさせて手を合わせる。
きらきらと目を輝かせる少女が、うんうんとまだ新八が言葉を紡ぐより先に頷きを繰り返す。
んだよ、二人だけでわかりあっちゃって。
銀さん拗ねちゃうじゃないか。

「七夕ですよ、銀さん」
「七夕ぁ?」

んなもん甘味も何も用意されない面白くないイベントじゃねぇか。
花見なら団子、子供の日ならかしわ餅、夏祭りならワタアメ、十五夜ならまたまた団子、クリスマスにはケーキがあって、バレンタインはチョコレート。
なのに七夕には甘味が姿を現さない。
覚えていないのも仕方ないだろうと、今度はソファに横になって欠伸を一つ。
俺の態度が気に入らなかったのか、神楽は少し口を尖らせた。
徐々にうな垂れる神楽に、新八はニコリ笑いかけた。
普段はただのダメガネなのに、時々安心できる雰囲気を纏いそれを分けてくれる。
マミィみたいネと神楽がたまに言うけれど、きっとそうなのだろう。
包み込んでくれるような温かさを、新八は持っている。
本人は自然とそうしているせいで気付いていないけれど。

「神楽ちゃん、一緒に飾り作ろうか」
「飾り?短冊に願い事書くだけじゃないアルか?」
「本当は折り紙があればいいんだけど」

苦笑いを浮かべながら新八はスーパーのチラシを手に取り、器用な手先で紙を折ったり切り目を入れたりし始めた。
何ができるのかと新八のそばで心躍らせている神楽に、広げてごらんと穴の開いた紙を手渡すと、破らないように細心の注意を払いながらそっと開く。

「わぁ!あみあみネ!」

肉や魚や野菜が載っている広告からできたとは思えない飾りに、神楽は興味津々で新八に詰め寄った。
どうしたら作れるのか、大きな目はそう問いかけていた。
目は口ほどにものを言うなんて、昔の人はうまく言ったもので。
たかが広告で作った飾りがこんなにも喜ばれ、作った新八も自然表情が綻ぶ。

「神楽ちゃんも作ってみる?」
「やるアル!作るアル!」
「じゃあこれをこうやって折って――」

楽しげに七夕飾りを作る二人の後姿を見て、一人置いていかれたような孤独を感じた。
あの中に混ざりてぇなでも今更どうやって仲間に入れてほしいなんて言えるんだよと、溜め息を吐きながら頭をがしがしと掻いた。
七夕自体本当にどうだっていい行事だと思う。
願い事を書いたところで叶うはずがないことくらい、知っている。
けれど目の前にいる二人はどうだろう。
机の上に置かれた笹を飾りつけるために、せっせと紙を折りハサミを操る。
時々顔を見合わせて笑い合ったりして、本当はとてもいい行事なんじゃないかと思わせる。

「……なぁ」

小さく声をかけると、二人同時に振り返る。
う…。
思わず声かけちまったけど、どうすりゃいいんだ。
あーとかうーとか言葉にならない音だけが口から漏れ、そんな俺に二人がまた顔を見合わせて笑う。
仕方ないアルと神楽がハサミを、素直じゃないですねと新八が裏の白い広告をそれぞれ手渡してくれた。

「心優しい工場長が銀ちゃんにも手伝わせてやるネ!」
「銀さんはこの広告を短冊にいい大きさに切ってくださいね」
「私のは大きくするヨロシ!願い事たくさん書くアル!」
「神楽ちゃん…願い事は一つしか書いちゃ駄目だよ」
「織姫と彦星はケチネ!」

そう言いながらも神楽の表情は楽しそうに微笑んでいて、ああもっと早く仲間に入れてくれって言っておけばよかったな、なんて後悔が襲う。
それすらもお見通しなのか、新八は大丈夫ですよとふふっと微笑んでくれる。
あー…俺七夕に願い事したい奴の気分がちょっとわかっちまったかも。
恥ずかしくて照れくさくて、新八の視線から逃れるように視線を落として広告にハサミを入れる。
それだけの作業なのに、口元が緩んで仕方ない。

いいな、こういうの。

声に出していたのかいなかったのかはわからないけど、新八と神楽がまた顔を見合わせていひっと笑っていた。




今年は晴れましたねと、歓楽街のネオンに邪魔されつつも見える星と月を見上げ、新八が笹を窓辺に立てかけた。
毎年この日は曇りか雨で、ろくに星空を拝めないんだそうだ。

「じゃあ願い事届くアルか!?」
「そうだね。きっと届いて叶えてくれるよ」
「きゃっほー!酢昆布食べ放題ね!」
「お前そんな願い事書いたのかよ」
「銀ちゃんだって三色パフェとかじゃないアルか?」
「じゃあ新八はメガネだな」
「メガネってなんだよ!メガネ馬鹿にすんのも大概にしろやコラァァァァ!!」

万事屋の住人が騒がしくしている間も、三人の短冊は風に揺れ、願いは星へと旅立つ。
ささやかな願いを叶えるために。






ずっと一緒に笑っていられますように。

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