□仰せのままに
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「新八君。ちょっとそこに座ってください」

出勤してきてすぐ、珍しく僕が来るより早くに起きていた銀さんと神楽ちゃんが、ソファに並んで座って対面のソファを指さした。
おはようの挨拶よりも先にそう言われてしまい、なんだか落ち着かないけれど言う通りに座ってみた。

着替えも済まし、神妙な顔つきの二人に胡乱な視線を返してしまう。

「朝からなんですか?」

昨日の夜、僕が帰ってからなにかあったのだろうか。
いい報告とは思えない空気だ。

二人は一度視線を合わせて頷き、銀さんがコホンと一つ咳払いをした。
神楽ちゃんは落ち着かないのか、膝の上に置いた手を握ったり緩めたりしている。
二人の後ろには定春もいて、二人の様子を見守っているように感じた。

僕ってそんなに恐れられているんだろうか。
そりゃあ姉上譲りの般若の笑顔を浮かべることもあるけれど、それは銀さんや神楽ちゃんが言うことを聞いてくれなかったり、無茶したりするからであって、僕だって怒ったり小言を言ったりしたくない。
一方的に怒鳴るようなこともしたことないつもりだけど、二人がこんな風に僕に向かい合うのは初めてのような気がする。

僕が怒るようなことをしてしまったから、最小限の被害に止めようと下手に出てみようということだろうか。
そんなの、内容によるっていうのに。

ため息を吐きかけたら、銀さんが口を開いたので慌てて唇を閉じてため息を閉じ込める。

とりあえず話を聞こう。
怒るか小言を言うか説教するかは、それから考えればいい。

「今日は新八の誕生日です」
「はい?ああ、そういえばそうですね」
「おめでとうございます」
「おめでとうございますアル」

深々と頭を下げられてのお祝いって初めてだ。
なんだか、結婚する人に向けて式場の人が言っているような、そんな気分。

ゆっくりと頭を上げて、じっと二人の目が僕を見つめてくる。
普段悪さをしたら目を合わそうともしてこないのに。
これは相当なことをしたんじゃないだろうか。

「ありがとうございます。畏まって言われると緊張しちゃいますね」

ははっと軽く笑ってみせるけど、二人の表情が和らぐことはない。
ああもう。
本当になにをしたんだ。
こんな蛇の生殺し状態でいたくはないんだ。

二人が言いよどむのならば、僕がその壁を壊して言いやすくしてあげればいい。

「で?誕生日でちょっとは機嫌がいいだろう僕に謝りたいことはなんですか?糖分を隠し持っていたとか、馬で家賃スってしまったとかですか。酢昆布を押し入れに持ち込んで食べたとか、破れてしまった服を隠してあるとか」

僕の言葉に、二人の視線が移ろう。
どれかが図星だったのか。それとも全てビンゴだったのか。

普段から口を酸っぱくして言っているし、二人共耳にタコ状態のはずなのに。どうして同じことをしてしまうかなぁ。
僕だって同じことで怒りたくはない。しかも誕生日に。

さっき止めたため息を今度こそ吐き出して、姿勢を正す。

「誕生日特典で一つだけは小言で許してあげますから。懺悔をどうぞ」

まずはどっちからだと視線を銀さんと神楽ちゃん交互に移動させれば、また二人が視線を合わせた。
今日は随分とアイコンタクトをするなぁ。
そんなに仲良くされちゃうと、ちょっと面白くない。

少し頬を膨らませたと同時に、二人が一斉にテーブルに手をついて大きな音を立てた。

「違うっ!」
「そうじゃないアル!」

子供染みた嫉妬はすぐに顔を顰めてしまい、今度は二人の剣幕にびっくりしてしまう。
神妙だった二人の態度は一変し、ソファにどかりと座った銀さんは、背もたれに腕をかけて足を組んでしまった。
神楽ちゃんは胡座を掻いてやってられないとばかりに足に肘を立てて、その手のひらに顎を乗せて舌打ちした。

いつもの機嫌が悪い時の二人の態度に、譲歩しようともちかけたはずの僕が悪者のようになってしまっている。
なに?なんなのこの状況!?
僕なんか悪いこと言ったっけ?

「あ、あの…?」

とりあえず二人の豹変した態度に戸惑いつつ、なにがどう違うのかを問おうと声をかけてみる。
それに返ってくるのは長いため息と、短い舌打ち。
せっかくの誕生日だっていうのに、なんでこんな態度をとられないといけないのか。
別にご馳走とかささやかなパーティとか望んでたわけじゃない。
ただ、二人が覚えてくれていて、おめでとうを告げてくれればいいなと思っていただけ。
姉上以外からのおめでとうは未だに照れくさいけれど、それでも大好きな二人からならばそれだけで十分嬉しいと思えるのに。

それがどうだ。
笑顔のないおめでとう。
他人行儀なおめでとうございますの言葉。

そりゃあ僕が勝手に笑ったり恥じらったりしながら言ってくれればなぁと想像していただけだけど、そんなことすら叶わないものなんだなぁと苦笑いがでてしまう。

日頃の行いのせいか。
それとも前世の業か。

「これだから駄眼鏡はよー」
「まったくアル」

二人して肩を竦めてみせて。
居た堪れなくなって、とりあえずこの場から立ち去ろうと決めた。
二人がなにを言いたかったのかはわからないけれど、気分が沈んでいきそうで仕方ない。

気分転換に朝ご飯を作ろう。
台所に行って、もし食べた形跡があるのなら洗濯をしよう。
それから家の掃除をして、買い物に行って、昼ご飯を作って。
やることはたくさんある。

誕生日がなんだっていうんだ。
ただ一つ年を重ねるというだけの、なんてことはない日常生活を送る一日じゃないか。
期待するから外れてしまうと落ち込んでしまうだけで、期待さえしなければいい。
姉上が出かけ間際に笑顔でおめでとうを言ってくれた。それだけでも十分ありがたいことだと思わないと。

立ち上がると、両腕を銀さんと神楽ちゃんに片方ずつ掴まれた。

「どこ行くんだよ」
「帰っちゃうアルか?」

焦った顔に泣きそうな顔。

まったくなんだっていうんだ。

「朝ご飯作ってくるだけです」
「もう食った」
「じゃあ洗い物を」
「洗ってカゴにいれてある」
「それなら洗濯を」
「昨日の晩にすんでるネ」

朝起きていただけでも驚きだったのに、家事までしてあるなんてこれは夢なんだろうか。
手首を握る手に入る力が、それが夢じゃないことを教えてくれる。
二人の必死な表情に負けてしまう。

僕はとことん二人には甘く弱いらしい。

仕方ない人たちだなぁと軽く息を吐いて笑めば、ほっとしたそれに変わっていく。

「あのね、今日、新八の誕生日ヨ」
「うん。覚えてくれていてありがとう」
「それで…な。祝おうと思ってたんだけどさ」
「言葉だけで僕は十分ですよ?」

心から言ってくれるのであれば、それだけでいいんだ。
プレゼントもご馳走もいらない。
二人一匹と過ごすいつもの時間があるのなら、それが一番嬉しい。

日常を過ごせることがどれだけありがたく尊いものか。
帰らない銀さんを待っている時、風邪で寝込んだ神楽ちゃんを看病している時、定春が家出した時。
揃わない万事屋も、うるさいほどの元気がない万事屋も、あまり経験したくないものだから。

掴まれた腕をぐっと持ち上げて、テーブル越しに二人を抱きしめる。

ありがとう。大好き。

そんな気持ちを込めて。

手首から離れた手が背中に回って、勢いよく体が宙に浮く。
驚きの声を上げれば、軽々テーブルを越えて二人の間に座らされてしまう。

「色々考えたんだけどよぉ。やっぱ先立つもんがねぇとなにも用意できなくてな」
「だから、私たちもっと考えたアル!新八!私たちにやってほしいことはないアルか?」

格好悪くて言い出せず、恥ずかしくて聞けなかったと。

なんだ。そんなことだったのか。
あの態度もただの照れ隠し。
まぁ、僕の鈍感な勘違いに対する歯痒さもあったのかもしれないけれど。

二人がコツリと額を頭に押し当てて、もう一度尋ねてくる。
至近距離で感じる二人の緊張した視線。
なにもないと言われることも、突拍子もないことを言われることも、色々二人の脳内では巡っていることだろう。

けれど、一生懸命考えてくれたのならば応えないわけにはいかない。

「じゃあ」

言葉を紡ごうとすると二人の額が離れて、ソファで正座をした。
そんなに畏まらなくたっていいんだけど。

「銀さん」
「お、おう」
「今日の昼ご飯、一緒に作ってください」
「へ?そんだけ?」
「はい。神楽ちゃん」
「はいアル」
「お昼ご飯の後片付けと食器拭き手伝ってくれる?」
「もちろんネ!」
「定春」
「わうん」
「あとでもふもふさせてくれるかな?」
「わんっ!」

ありきたりでも、僕にとっては十分嬉しい。
みんなと一緒にいられることが、一緒になにかをすることが。

「ただのお願いじゃねぇか」
「それでいいんですよ」

難しいことはいらない。
単純なことだからこそありがたいんです。

銀さんも、神楽ちゃんも、難しいことには首を突っ込んでいくくせに、僕にしてほしいことを聞くっていう至極簡単なことができなかったじゃないですか。
だから、いいんです。
簡単で。単純で。

いつもしていることを一緒にする。
そうしたら後日同じことを一人でしていても、あの時はこうだったなっていい思い出として振り返ることができるから。

日常の一ページが彩られる。
それがたまらなく愛おしい時間になるんですよ。

ふふっと笑って、二人の表情が緩んだところで。もう一つ。

「もう一回、言ってもらってもいいですか?」

畏まったものじゃなく、緊張したものでもない。

心からの笑顔と元気をいっぱい込めて。






誕生日おめでとう。新八。

















 


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