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□紛れさせた本音
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一学期の終業式も終わって、校内は部活動に精を出す生徒の声が響くだけ。
蝉だって気温が上がりすぎて鳴きやしない。
夏休みに入って一層やる気が失せている中、国語準備室のエアコンも壊れてしまうという災難続き。
清涼剤である志村に会いたいと思っても、せっかくの休みに学校に出てくるわけがない。
部活をやっていれば別だが、生憎と志村は帰宅部。
それに加えてバイトをしていれば、そっちに重点を置くのは当然で。
あー、会いてぇなぁ。
仕事をする気など微塵も起きず、熱のこもった机に額をつけてため息を吐けば、嘲笑うかのような蝉の鳴き声がすぐそこで聞こえた。
暑いのに嫌がらせのためにわざわざ飛んできたのか。ご苦労なこった。
どうせなら志村が飛んできてくれりゃあいいのに。
それなら、その体を抱きしめて癒してもらえるのに。
暑いと文句を言われようが離さないのに。
姿なき相手を想像の中で抱きしめても虚しさが広がるだけ。
じとりと滲む汗を拭うのも億劫で、やり場のない恋情を振り切るようにあーと低い声を出した。
なんでアイツは携帯持ってないかなぁ。
持ってりゃ会いたいって一言打ち込めば、いつなら大丈夫ですよって返事がもらえるのに。
そうなれば、志村と会えることを楽しみに仕事を頑張るのになぁ。
叶わない願いにもう一度ため息を吐く。
俺をからかうことに飽きたのか、そばに止まっていただろう蝉がジジっと短い声を上げて飛んでいった音がした。
「先生」
「うわっ!」
幻聴かと思った声が聞こえた瞬間、無防備だった首筋に冷たい感触がして一気に熱が上がる。
振り返ったそこには、イタズラが成功したと楽しそうに笑う志村の姿。
俺が愛飲している紙パックのイチゴ牛乳が、表面に水滴を浮かべてその手の中にある。
「お疲れ様です」
「…なんでいんの?」
素直に感じた疑問を投げてみると、志村はイチゴ牛乳を差し出しながらはにかんでみせた。
「先生に会いたくなっちゃいました」
これは夢だろうか。
暑すぎて夢でも見ているに決まっている。
けど。
イチゴ牛乳を素通りして、志村の腕を掴み引き寄せる。
想像していたように強く抱きしめてみれば、高い気温と志村の体温でとけそうになる。
汗ばんだ肌が触れ合い、ベタつく感触が夢じゃないことを教えてくれた。
応えるように背中に回された手が、シワだらけのシャツを握り締めてくる。
「先生」
ねだるような声音に腕を緩めると、見上げてくる志村の瞳が熱っぽく揺らめく。
夏休みに入ってまだ数日。
それでも、毎日教室で顔を合わせていた俺たちにとってみれば、長い長い時間だ。
求められるままに唇を重ねて、その存在を確認する。
また数日は会えないだろうから。
漏れる声を隠すように、今度は蝉が気を遣って大合唱を始めてくれる。
それなら。
耳元に唇を寄せ、本音を。
「俺も会いたかった」
終