□風物詩
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久しぶりに鳴った万事屋の黒電話。
目の前にあるけれど、電話をとるのは新八の仕事。
十六歳にしては似合いすぎる白の割烹着を着て、台所から慌てて飛び出してきた。

「はい。万事屋銀ちゃんです」

ウチに来た時はたどたどしかった電話の受け答えも、年月を重ねれば随分と様になってしまった。
俺なんかよりよっぽどしっかり対応している気がする。

鼻を穿りながら様子を窺っていれば、徐々に表情が明るくなっていく。
珍しく依頼が入ったみたいだ。
それもかなり報酬のいい仕事が。

俺の視線に気付いた新八は、にっと笑ってVサイン。
子供らしい仕草に思わず頬が緩む。

電話対応も接客もさせているせいか、それともウチの家事をそれなりにこなしているせいか、時々新八が十六だということを忘れてしまう。
しっかりしなくてはいけない状況に身を置いてきたせいでもあるし、ウチで俺も神楽も家事に対しては積極的にならないから動くしかない立場にいるせいもある。
悪いなとは思うけれど、やってくれるなら楽をさせてもらいたい。

「はい。ありがとうございました。では失礼します」

見えない相手に丁寧にお辞儀をして、静かに受話器を下ろす。
一拍置いて、拳を作ってガッツポーズ。

「そんな実入りのいい依頼だったのか?」

このご時世に景気のいいこったと、どこか他人事のように聞いてみれば、満面の笑みを向けられた。

「万事屋三人と一匹での仕事ですよ!昼夜のご飯付、さらに仕事はクーラーのきいた室内。しかもオマケもあります」
「おいおい。飯付って、相手方は神楽と定春がどんだけ食うか知ってて言ってんのか?」

ウチの食費がどれだけかかっているのか知らないんだろうか。
万事屋の神楽と定春といえば、ちょっとした有名人だ。規格外のデカさもあるが、食べる量がハンパない。
神楽のせいで出禁になった店がどれだけあることか。

毎月毎月家賃の支払いの時期になると真っ赤な通帳と睨み合っては負けている新八だからこそ、今回の依頼がオイシイものだと笑顔にもなるんだろう。

「たぶん知らないと思いますよ。隣町の町内会からの依頼ですから」
「…お前も結構悪い奴だな」
「図太くなったって言ってください」

というか、逞しくなったが正解か。
ハチャメチャな展開にも慣れてしまっているんだから。
そうでないと万事屋なんて稼業はやってられない。

ニヤリと笑えば、新八も同じように笑う。
変なとこばかり似てくるのは、長い時間一緒にいるせいか。それとも家族だからか。

「で?内容は?」
「来週隣町で行われる夏祭りのお手伝いです」
「屋台…じゃないんだろ。室内ってくらいだから」
「はい」

今度はニッコリと微笑んでくる。
それはお妙が見せる表情にそっくりで、逃げようとしたらその前に手首を掴まれた。

嫌な予感がする。
こういう時のは当たるんだ。
有無を言わせないような表情と空気に、思わず喉が鳴る。

「お化け屋敷の中でお化けに扮するお仕事です」
「やっぱりかーっ!」

そんなこったろうと思った!
この夏のあっつい時期に、冷房のきいた室内で割のいい仕事なんてあるわけがない。
しかも食事付きなんて。
誰もが祭りを満喫したい派だろう。
誰が好き好んで驚かす側に回るか。
それも薄暗い室内で男女の悲鳴が上がる中、一人で人がくるのを待っていなくちゃいけないなんて耐えられるわけがない。

いや、別に怖いとかじゃないけどね。
銀さんそういうの平気だけど、新八と神楽は未成年なわけで、教育上そういう場にいるのはどうかと思うだけであって、二人の年齢で人を驚かせることを仕事にするってのはどうだろうかと、俺はそう考えているだけだ。

「銀さん」
「ななななんだよ」

よく表情が変わるもんだ。
お次はくすくすと楽しそうに笑ってら。

「相変わらず怖いの苦手なんですね」

普段弱みを見せないから、慌てふためく様がかわいいとか言ってくる。
大の大人を捕まえてかわいいとか、ありえないだろ。
こっちは怖くないと取り繕うのに必死で、なりふり構っていられないんだよ。

「大丈夫ですよ。僕か神楽ちゃん、どっちかと一緒にしてもらいますから」
「お、おう。それならお前らも安全だな。俺がそばにいれば大丈夫だ。うん」
「そうですね。心強いです」

嫌味ではなく、本心だと柔和な笑みを浮かべる表情が語る。
馬鹿にされるのは癪だが、信用されるのはくすぐったくて仕方ない。

「仕事が終わったら、みんなで屋台回りましょうね。屋台で使えるチケットも付けてくれるんで、甘いもの食べてもいいですよ」
「マジで!?」
「はい。いっぱい食べていっぱい楽しみましょう」

普段制限されている甘味を食べられるチャンスをフイにしてたまるか。

お化けがなんだ。
どうせ中身は人なんだ。
仕事終わりの甘味を思えば、それくらい我慢できる。

今度は俺が小さくガッツポーズする番。

その姿に、単純でかわいい大人だなと新八が思っていたことに、俺は気付くことはなかった。















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