□小さな太陽
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永遠に夜の街のままだと思っていた。
陽の光なんて、子供の頃に見た記憶しかない。

鉄扉に閉ざされた花街では、人体に必要だと言われる太陽を拝むことなんてできやしない。
夜王鳳仙が、憎み愛し欲した存在に導かれるように逝ってしまうまでは。

地上となんら変わらない光と熱を与えてくれる太陽は、人間ですら手をかざさなければ直視することは叶わない。

「なにを見ているんだい」

本物の太陽が現れても、ここ吉原の太陽は健在。
優しく温かく、時に厳しく接してくれる日輪は、彼女の小さな太陽に車椅子を押されながら街を見回るのが習慣になっている。

私と同じように顔を上げれば、同じように手のひらで目元に影を落としながら遥か高みの輝きを見やる。

「今日もお天道様は景気がいいみたいだね」
「客足も伸びますよ」
「お金にならないお客も呼び寄せるみたいだよ」

車椅子を固定させて、晴太は元気よく走り出していく。
その先にはこの街に太陽を取り戻してくれた、救世主たちの姿。
やる気のなさそうな表情でのらりくらりと歩く銀髪の両側には、傘をさした少女と眼鏡の少年。

「銀さーん!新兄ー!神楽ちゃーん!」

花街には似合わない二人を引き連れた救世主は、晴太の声に面倒臭そうに顔をこちらに向けて手をあげてみせる。
保護者然としているが、いつも小言を言われているのは大人の方。

飲み過ぎるなと釘をさされている姿からは、とても救世主を想像できない。

けれど、紛れもなく彼はこの街の救世主。

駆け寄ってくる晴太に向かって、少年と少女も駆け出す。
子供が三人、久しぶりと手を合わせ笑い合う姿は微笑ましい。
日輪も私と同じ気持ちなのか、口元に笑みを浮かべて三人の様子を見つめている。

この街には晴太と同じ年代の子供はいない。
禿はいるけれど、遊び相手になりはしない。
兄と慕い、友と呼べる存在のなんて尊いことか。

幼いころに吉原に連れて来られ、知る人もない土地で不安に駆られて過ごした日々。
辛く悲しかったあの頃、同じ境遇にあった子供たちと手を繋ぎ耐えることしかできなかったあの頃。
その頃に彼らがいれば、私にも心許せる友ができたかもしれないのにと、たらればの妄想に苦笑が漏れた。

ふと視線を銀髪の彼へと向ければ、なにが眩しいのか、目を細めて唇を引き結んでいた。
その表情はさっきまでの私のよう。

頭上高くある目をやられるほどの光を発する太陽を見る仕草。

彼の視線の先には少年と少女があって、なるほどと納得してしまう。

平等に光も熱も与えてくれる太陽と違い、そのものにしかわからない優しさや温もり、安らぎなんかを惜しみなく無自覚で向けてくれる小さな太陽。

私にとっての日輪で、日輪にとっての晴太で。
彼にとってはあの二人がそうなのだろう。

近付き、眩しいですかと問えば、そうだなと口元を緩める。

ああ、これは。

遊女としての勘。
いろんなお客を見てきたせいか、望んでいるものに気付いてしまう。

「救世主様。太陽を肴にお酒はいかがです?」

近しい人には言えないだろう惚気を、存分に聞きましょう。












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