□花の祝福
1ページ/1ページ





「ぎーんちゃーん!」

気持ちよく眠っていたのに、玄関から神楽のでっかい声で起こされてしまった。
突然開けた目に映ったのは、薄暗い万事屋の天井。なんて目に優しい。
ゆっくり起き上がって体を解しながら視線を巡らせれば、和室に差し込むオレンジの光。

三時のおやつは食べた。
貰いものだという醤油煎餅。甘味はないのかと文句を言えば、新八に仕事探してこいマダオがって冷たい目で見られたのを思い出して苦笑い。

その後の記憶がないってことは、二時間くらい眠っていたんだろう。
蔑んだ視線と辛辣な言葉を向けながらも、新八は俺に甘い。
掛けられた毛布は、今膝の上で起きたての体から熱を逃がさないように仕事をしてくれている。
俺とは雲泥の差だ。

「銀ちゃぁん!」
「んっだよ!」

玄関から更に呼ばれて、渋々立ち上がる。
床についた足が冷たくて、床暖房ってどれくらいかかるのか、カーペットってどれくらいするのかを試算しようとして止めた。
どうせ新八に小言を言われるだけだ。

少し寝癖のついた髪を掻きながら、玄関へと向かう。
用事があるなら入ってくればいいものを。
夕焼けが差し込んでいたってことは雨に濡れたわけじゃないだろう。
一体なんなんだと寝惚けた足取りでゆっくり歩いていけば、そこには神楽と定春だけじゃなく新八もいた。

「ただいま帰りました」
「ただいまヨー」
「わんっ」

え、なに、その待ってました感満載の嬉しそうな表情。
返さなきゃいけない言葉がやけに恥ずかしいものに思えて、つい口元が引きつってしまう。
正面向いて言うのはまだ照れんだよ。

どうすっかなと思案する俺の視界に、ここでは見慣れないものが映った。

「それ、どうしたんだ」
「綺麗でしょ!」

ずいっと俺の方に腕を突き出して、神楽はご機嫌だ。
手に持っていたのは、ピンクの花一輪。
花の名前なんて詳しくないが、細長い花びらが神楽が動かす度に揺れて、まるで来訪の挨拶をしているようだ。

「新装開店したお店が店頭に飾ってあった花輪を解体してたんですよ。神楽ちゃんにはガーベラ。僕にはかすみ草をくれたんです」

あ、そうそう。そんな名前だったな。言われないと思いださねーわ。
ていうか、お前はそんなとこでも地味なのな。
かすみ草って、他の花の引き立て役だろ。

「銀さんが言いたいことはもう神楽ちゃんに言われましたから」
「なに心の中読んでくれてんの」
「顔に出てるんですよ。それより、花瓶ありませんか」
「玄関に飾るアル!」

家に入って自分で探せばよかったのに。って、知るわけないか。掃除とか年末の大掃除とかするけど、押入れの中とか物置の奥とか触らないもんな、新八は。
別に見られて困るものは入ってないけど、そこは線引きされてるんだろう。
いくらいい仲になったとしても、プライバシーは侵害しないって。

「花瓶なぁ。確か昔依頼人のじーさんから押し付けられたのがあったと思うけど」

和室の押入れの中に入れたような気がする。
しょうがない、探してやるか。

ソファに乱雑に置いたままだった毛布を畳んで押入れにしまう。
それから頭を突っ込んでそれらしい花瓶を探している間、耳に届くのは神楽に定春の足を拭くよう指示する声と、冷蔵庫に買ってきたものを入れる音。

そんな音に口元が緩む。あいつらが来てからゆるゆるになりすぎだろ。
ただの生活音が幸せの元だなんて、一人の頃は気付きもしなかった。

「銀さん。ありました?」
「おー。たぶんこれだわ」

緩んだ頬を引き締めて、細長い桐箱を取り出す。
蓋の上には祝の文字。
神楽と定春も和室に入ってきて、全員揃ったところでお披露目。

蓋を開ければ、つやつやした白い布の上に置かれた一輪挿しの花瓶が一つ。
白磁に青い色で花が描かれている。

「うお!綺麗ネ!」
「引き出物の始末に困って押し付けられたもんだけど、役に立つ時がきたんだな」

花瓶を取り出して底を向けてみれば、知らない男と女の名前が連なっていた。

「今はカタログが主流ですけど、昔はこういう陶器での引き出物も多かったですもんね」
「皿とか灰皿とかな。使い難いし捨て難いし。依頼主だったじーさんもどうにか処分したかったんじゃねーの。花の一つでも飾れば客が増えるぞとかなんとか言って、押し付けてきたし」
「確かに扱いに困りますよね」

ははっと苦笑いする新八とは違い、神楽は目を輝かせていた。
俺の手から花瓶を引っ手繰って、ぎゅうっと抱え込んでしまった。

「銀ちゃん。これ、私が貰ってもいいアルか?」
「あ?別にいいけど」

なんだかんだ、こいつも女なんだよなぁ。
花とか花瓶で喜ぶなんて。
新八も同じ思いなのか、水を入れてくると定春と和室を出て行った神楽の背中を見つめる目が、とても優しい。

「たまには花もいいかもな」
「そうですね。神楽ちゃん、あんなに喜んでますもんね」

ふふっと笑う新八に見惚れてしまう。
俺は、花よりも団子よりもお前がいいけどな。
言えない自分にヘタレめとセルフツッコミをしてしまう。
言って引かれるのも嫌だし、照れて赤くなった新八を前に自制する自信もない。

小さく溜め息を吐いたと同時に、玄関からさっきのように呼ぶ声が聞こえた。
二人揃って玄関に行けば、ニシシと意味ありげに笑う神楽。
下駄箱の上に置かれた花瓶には、まだ花が生けられていなかった。

「銀ちゃん、新八。底、見てほしいネ」
「底?」

顔を見合わせて首を傾げて。
水がたっぷり入った花瓶をそっと持ち上げて底を覗き込んで、慌てて花瓶を元に戻した。

「かかかかかか神楽ちゃんっ!こ、これっ!」
「銀ちゃんがくれるって言ったアル。男に二言はないネ」
「いやまぁそうだけどな」
「玄関に置くのに誰が見るかわかんないでしょ!」
「人んちの花瓶の底を見る奴なんていないアル」
「あーそうだなー」
「銀さんっ!」

真っ赤になって声を荒立てる新八は、怒っているわけではないのだ。
ただ、恥ずかしいだけ。
花瓶に並んだ俺と自分の名前に。

「引き出物って結婚式でもらうやつでしょ。だからこれで間違ってないアル」

印字されただけの見ず知らずの男女の名前は、定春の爪で削ったんだろう。わんっとやり遂げた感じの声音が、それを物語っている。
俺と新八の名前は、神楽の字。
ひらがなはうまく書けないくせに、漢字だけは達者だ。

ピンクのガーベラと白いかすみ草を生けて、神楽はご満悦。
玄関が一気に華やかになった。

「結婚式をしていなくても、書類上の夫婦じゃなくても、私にとって二人は夫婦で、パピーとマミーネ」

笑顔で言う神楽を、新八が幸せで泣きそうな表情をして抱きしめる。
聞こえるありがとうに心が満たされて。
さっきまで恥ずかしいと思っていた言葉が、自然と口をついた。

「おかえり」

笑顔の花が咲いて、二人と一匹が飛びついてきた。
床に倒れる俺の目に、俺と新八からの引き出物になった花瓶で、ピンクと白の花が揺れていた。

まるで祝福するように。









[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ