□体育の日
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なんだって自分の誕生日に仕事しなくちゃいけねーんだ。
それも、体育の日が第二月曜になってから久しぶりの十月十日が休日になった時に。

仕事が決まった時にも愚痴を吐いてしまったけれど、当日になった今も納得いかない。
ハッピーだかラッキーだかしらないが、月曜休みにして二連休にするくらいなら、自分の誕生日を休みにできる制度くらい作ってみろってんだ。

「ちょっと銀さん。まだグチグチ言ってんですか」
「だってよー」
「口尖らせて言ってもかわいくないです」
「新八冷たい…」

年齢は重ねない世界に住んでいるが、誕生日を迎えるのはもう何度目になるのか。
その日が来る都度、新八と神楽がサプライズ誕生日会を催してくれていたというのに。
今年は仕事でそれもなさそうだ。

ちょっとは期待してたんだけどな。

恨めしそうに新八を見れば、溜め息を吐かれた。
明らかに面倒くさいという表情と雰囲気を纏いながら。

そりゃあ家賃払って飯代稼ぐのは大切だけど、人として、家族として誕生日ってのはもっと大切にしないといけないもんじゃねーの?
って、こんな風に思えるようになったのも、こいつらに出会って当たり前のように祝ってもらえたからだけど。

「文句言ってる割には、銀さん楽しんでますよね」
「あ?楽しんでなんかねーよ」
「じゃあその手に持ってる物はなんですか」

それと指差されたのは、リサイクルショップで安値で購入してきた旧型のハンディカムカメラ。

「神楽ちゃんの勇姿を撮る気、満々じゃないですか」

くすくす笑われて、ついそっぽを向いてしまう。
家族っぽいことをしてしまう自分が恥ずかしくて、それを指摘されたことが更に恥ずかしくて。

「いいお父さんになりますよ」
「もういいお父さんだろうが」
「ですね。あ、ほら。神楽ちゃん、次のグループですよ。手振ってはしゃいじゃって」

神楽に手を振り返す新八を横目で見る。

お前だっていいお母さんじゃねーか。

ていうか、俺はお前とそういう関係になって、神楽が娘でっていう理想があったりするんだが、お前にはそういう気は一切ないのかね。
そんな台詞が出てくるってことは、見込みねぇんだろうなぁ。

これ見よがしに溜め息を吐いても、事態は変わらない。
伝えない俺が勝手に落ち込むだけ。

「銀さん、銀さん。神楽ちゃんの番ですよ!カメラの準備は大丈夫ですか?」
「機械音痴のお前と一緒にすんな。準備完了いつでも走れってんだ」

今日の仕事場は、町内会の運動会会場。
設営と撤収が俺たちの仕事で、間の時間は完全オフ。
が、お祭り好きな神楽が運動会なんてイベントを見逃すわけがなく。
いつも遊ぶ子供たちと、誰が一等になるか競争するんだとか、運動会の女王になるとか張り切っていた。

かぶき町に住んでさえいれば、どの競技にも参加できる。
まずは神楽らしいパン食い競争。

タダであんパンを食べられるからか、神楽の目はファインダー越しでさえきらっきらして見える。
というか、イキイキしている。

食べ物絡むと容赦ねーからな。
他の参加者には悪いが、一位は神楽がいただきだ。

パァンと青空にモデルガンの音が響く。
トラックを囲む観客がわっと湧いて、軽快な音楽が流れる。
隣からは頑張れ神楽ちゃんの声。

おーおー。必死になっちゃって。

神楽は傘を差すというハンデを持ちつつも、難なく一番でパンが吊り下げられている場所まで颯爽と走り、その反動を使って止まることなくパンを頬張った。
そしてそのままゴール。
一位の奴に与えられる手作り感溢れた折り紙で作った金メダルを、誇らしげにこちらに掲げて見せてくれた。

「銀さん銀さん!神楽ちゃん一位ですよ!すごいですね!」

この調子だと神楽が戻ってきたら誉めちぎるんだろうな。
誉められ慣れてない神楽は、照れながらも胸を張るんだろう。
俺は神楽の頭を撫でてやればいいんだろうか。

むず痒い。

自分のキャラじゃないと思うけれど、そうしている自分と嬉しそうに笑む神楽と、微笑む新八が安易に想像できてしまう。

毒されてんな、俺。

甘い甘い毒。
じわじわと俺の中に気づかないうちに浸透して、侵していく。
戸惑いこそあるものの、この毒を消そうとは思わない。
なんだかんだ言って、心地いいのだ。

「あの、すみません」

俺と新八の時間を、第三者の声が邪魔をする。
機嫌悪く声の主を見れば、頭にハチマキを巻いた小太りのおっさんが新八を見ていた。

おい。勝手に新八見るな。俺の許可を取ってから見ろ。っていうか許可なんざ出さねぇけどな。

「すみません、一緒にきてもらえませんか!」

きょとんとする新八の手首を、おっさんが掴む。
俺だって片手くらいしか触れたことがないっていうのに、なにを勝手に易々と触ってんだ。

「借り物競走のお題が眼鏡をかけた人なんです」
「ああ、そういうことならいーー」
「悪いけど、コイツは今仕事中だから。他当たってくんね?」
「ちょっと銀さん!」
「お仕事中でしたか。それは失礼しました」

俺の気迫にか、視線にか。
少し怯んだおっさんは、ひきつった笑いを浮かべて頭を下げて、小走りでこの場を離れた。

悪いことをしたと思っているのか、新八はおっさんの姿を目で追いながら溜め息を吐いた。

「仕事なんてしてませんけど」
「してるだろ。家族サービスっていう仕事」
「サービスって言ってる時点で仕事じゃないですけどね」

俺が嫌だったんだよ。
それを察しろなんて我侭を言うつもりはない。
けど、今日は俺の誕生日だ。
お前を隣に縛り付けるくらいのことはしてもいいだろ。







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