□リリン
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久しぶりに万事屋の電話が鳴った。

電話をとるのは新八の仕事。
たとえ俺が社長椅子に座ってても、出てくださいよなんて言いながらとってくれる。
よくできた従業員だ。

が。
今回ばかりは自分でとるべきだったと後悔した。

「はい。ご依頼ですね」

ありがとうございますとにこやかに相手に告げながら、ガッツポーズを俺に寄越す。

やりましたよ、銀さん。

そんな声が視線から聞こえてくる。
電話も久しぶりなら、依頼はもっと久しぶり。
これで家賃も払えるし、空っぽの冷蔵庫も潤わせることができるだろう。

イチゴ牛乳何本買ってもらおうかなんて考えていたら、机の上に置いてあるメモに新八が依頼内容を書き出した。
それに目をやってぎょっとした。

「新八!」

焦って新八を呼ぶも、静かにしてくださいと唇に人差し指を当てるジェスチャーをされてしまう。

黙ってたらお前この依頼受けちまうじゃねーか!

「駄目だ。この依頼は受けんな」

相手に聞こえないように小さく低い声で告げれば、思い切り睨まれた。
普段の上目遣いは十六歳男子としてはあり得ないくらいかわいいくせに、睨みあげる目は怒りが篭もっていて怖いくらい。

「では本日夕方お伺いします。はい。失礼します」

テレビ電話じゃないから相手には見えないというのに、ゆっくりと頭を下げてそっと受話器を置いた。

チンッと甲高い音が電話から聞こえて、すぐに新八の低い声で名を呼ばれた。
下げた頭を上げた新八の表情はお妙そっくりの般若。
笑顔のくせに怖いなんて、相当怒っている証拠だ。

新八の言いたいことはわかる。

ババァからの家賃の催促、空っぽの冷蔵庫。
神楽のお腹空いたという台詞と腹の虫の声。
いつまで経っても黒にならない銀行の通帳。

今の万事屋に一番必要なものがなんなのか、俺だってそれくらいわかっている。
けどな。
今日は、今晩は駄目だ。

「僕一人で行ってきますから」
「おい、新八」
「赤ちゃんの子守だから、一人で大丈夫ですよ」
「そうじゃなくて」
「晩ご飯は今から作ります」
「聞けよ!」

荒げた声にも動じず、新八は住所と電話番号を清書したメモを俺の胸元に突きつけてきた。

「仕事を選り好みできる状態だと思ってるんですか」

真っ直ぐ俺を見る目に言葉が詰まる。
新八の言うことはもっともだ。
それはわかる。俺だってイチゴ牛乳をチビチビ飲むより、ガブガブ飲みたい。
けどな、それよりも大切なもんが俺と神楽にはあるんだよ。

「僕これから晩ご飯作りますんで、今日は出かけずに神楽ちゃんと一緒に食べてくださいね」

にっこりと笑む新八からは、否は唱えさせないという無言の圧力。
そして、拒絶するように向けられた背中は俺の言葉を受け入れようとせず、台所へと消えて行った。

一人居間に残された俺はといえば、襟足をがしがしと掻いて溜め息をこぼすことしかできない。

やっぱり覚えてねーのか。

何の印もついていないカレンダーを見て、もう一つ溜め息。
八月十一日。
新八の誕生日の前日。

少し前から神楽と立てていた予定は、今夜新八を万事屋に泊まらせて、和室で川の字に布団を敷いて、日付が変わった瞬間に二人でおめでとうを言おうというもの。
翌日の誕生日当日は、新八が普段している家事を俺と神楽で分担してこなし、夜は豪華…とはいかないにしても、それなりの食事とケーキを用意してやるつもりだった。

なのに。

あの依頼の電話だ。
普段依頼なんかこないくせに、こんな時に限って入ってくるんだから質が悪い。
空気読め、空気を。

もちろん、新八には誕生日のサプライズは内緒だ。

説明できないから引き留めることもできない。
どうにかして行かせないようにしたいのに、いい案が浮かばない。
余計な時にはよく動く口は、こんな時には休暇中の札をさげてしまっている。

「ただいまヨー」

玄関から元気な神楽の声。
これがもうすぐしぼむのかと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
なんとかならないのか。
俺が代わりに仕事に行っても意味はないし、全員で押し掛けるほどの依頼内容でもない。
それに、それを提案したところで大勢で押し掛けるのは相手に迷惑ですって却下されそうだ。

こうなりゃ夜中に神楽と一緒に押し掛けるか。
そうっと扉をノックすりゃあ子供を起こすこともないし。
そうすりゃ新八も帰れと無碍にはできないだろう。

よしよし作戦は決まったと台所に向かえば、ルーを投入したところなのかカレーの匂いに神楽が鼻をひくつかせていた。

「ひゃっほー!今晩はカレーネ!」
「うん。余ったら明日のお昼に銀さんにカレーうどんにしてもらってね」
「新八が作るんじゃないアルか?」
「さっき依頼が入ってね。僕は夕方から仕事に行くから、帰ってくるのは明日の夕方くらいかな」

新八の言葉に神楽が俺を見る。というか、睨んでくる。
どういうことだとその瞳が問い詰めてくるけど、俺は肩を竦めることしかできない。
そりゃあそうだろ。
有無を言わせぬ新八の笑顔と態度に、どう抵抗しろと。
それに、行くなとしつこく言えば喧嘩になりかねない。
せっかくの誕生日。
お互い嫌な気分で迎えたくはない。

「カレー食べきっちゃったら普通のおうどんにしてもらって。出汁はとってあるから」

鍋の火を小さくして笑った新八に、神楽もぐっと言葉を飲み込んだ。
その目には、寂しさと悔しさがにじみ出ていた。

俺だって残念だよ。
前から計画してたのに、一本の電話でそれが水の泡になっちまったんだから。

居間へと移動する新八に続いて、俺たちも台所を出る。
割烹着を脱いで、戸締まりはしっかりすることなんて指示を出す新八に適当に返事をすれば怒られてしまう。

呆れたように肩を落とした新八は、とんでもないことを言い出した。

「夜、電話しますから」
「へっ?なんで!?」
「なんでって、銀さんが家にいるかの確認と、戸締まりの確認のためですよ」

どんだけ信用ねーの、俺。
そんでどんだけ子供扱いされてんだ、俺たちは。

「電話なんかいらねーっつの」
「神楽ちゃん置いて呑みに行くつもりなんでしょ」
「ちげーよ」

神楽と一緒にお前がいるとこに行って、一番におめでとうを伝えるだけだ。
それすらもお前は阻止するってーのか。
いや、まぁ俺の考えなんて知りもしないわけだが。

「じゃあ電話しても問題ありませんよね」

また笑顔。

お前、その笑顔すれば俺たちが黙るって味しめただろ。
正にその通りで、ギリギリしてしまう。
神楽も歯がゆく思っているだろと視線をやれば、やさぐれた表情を浮かべて酢昆布を音をさせて食べていた。

「銀ちゃんも新八もいなくたって、私一人で平気ネ。うるさい奴らがいなくてせーせーするアル」
「神楽ちゃん?」
「ケッ。ダメガネが」
「なに!?僕なんかした!?」
「これだからダメガネは。私、もう少し出かけてくるネ」
「暗くなる前に帰ってくるんだよ!」

その言葉に神楽は返事をせずに、定春を連れて行ってしまった。
ま、落ち込む気持ちはよくわかる。
新八に沸く苛立ちも。
自分の誕生日くらい覚えてろっての。

「銀さぁん」

こっちだって計画を台無しにされて泣きたいってのに、神楽に返事をしてもらえなかったのが余程ショックだったのか、泣きそうな声と表情を寄越してくる。

頼られるのは嬉しいが、今回ばかりはお前が悪い。
人の誕生日は覚えてるくせに、自分のはすっかり忘れているなんて、ダメガネ言われてもしょうがないだろ。

けど、突き放すなんてこと俺にはできなくて。

「心配すんな。ちょっと虫の居所が悪かっただけだろ。腹空かして帰って来てお前のカレー食ったら、明日にはいつも通りになってっから」
「…はい」
「おら。しょげた面して依頼人のとこ行くつもりか。仕事と私生活、きっちり切り替えろ」

両手で新八の頬を挟んで上を向かせれば、落ち込んだ表情からすっと緊張したそれに変わる。
やればできる子だからな、新八は。
切り替えだってできる。
それができないのは、俺と神楽だ。

頭では依頼の方が大切だとわかっていても、心が納得しない。
そりゃそうだ。
本能で求めているのは、依頼でも金でもなく、新八と新八との時間なんだから。

「まさか銀さんに仕事の心得を説かれるとは思ってませんでした」
「んだとコノヤロー」
「ははっ」

かわいくないと頬をつねって伸ばして。
元に戻して頬に掌を当てて笑んだ唇に口づけを。

「早く帰って来いよ」
「依頼料でイチゴ牛乳と酢昆布買ってから帰って来ますから、楽しみにしててくださいね」

誕生日に俺らに物贈ってどうするよ。
てか、自分でいうのもなんだけど甘やかしすぎじゃね?
普段は甘いもの控えろって口喧しいくせに。

本当、飴と鞭の使い方をわかってるよ。

にこにことご機嫌な新八とは対照的に、苦笑いの俺。
けど、それに気づかれないように、新八の艶やかな黒髪をくしゃっと撫でて誤魔化した。









  

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