ゆめ

□旅する男
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彼は旅をしているらしかった。
行き先はない。
ただただ、自分が在る場所を探しているのだそうだ。












「どうぞ。」



彼は無口で無愛想なくせに、やけに紳士的だった。
ヒッチハイクでつかまえて『隣町まで。』と頼むと、バイクの後ろを袖できれいに拭い、わたしを招いた。




「それと、これ。」



着て、と促すような視線を向けて彼はウインドブレーカーを差し出した。
礼を述べてそれを羽織ると彼の口元が僅かに緩む。
ああ、優しい人なんだ、と察するのと同時に微かにタバコが香った。





途中、ファーストフード店に立ち寄った。
油の匂いに包まれながら、ホットドッグを頬張る。




「誰かと食事なんて、久しぶりだな。」



彼は取り出したタバコに火を付けながら言った。



「わたしも。」





見ず知らずの者同士だからこそ気兼ねがなかった。
身の上話とか、そういう湿っぽい話はしなかった。
ただ、今日の空模様と、行き着きたい明日の話をした。







深夜。
自然と手を繋いで、抱き合ってキスをして。
気がつくとベッドで互いを絡ませていた。

わたしが声を上げる度に彼はすまなそうな顔をする。
表情とは反対にわたしの内部を掻き乱しながら。









「見つかるといいな。」



わたしにか、自分自身にか。
行為のあと、彼は呟いた。

わたしが口を開こうとすると、彼はそれを制する。




「あんたの側は、居心地がいい。」



背中に回された腕に力が込められた。
先程までの激しいものとは違う。
ぎこちなく、躊躇いながらも縋るように。

呼吸が苦しくなったのは、彼の胸に顔を押し付けられたせいだけではなかった。



そんな日々が数日続いた。









早朝。
キスをしたら止まらなくなって、ベッドに引き戻される。

ふたりで過ごす、最後の朝。




「…もう、行かないと」


「、…ああ、」



キスと呼吸と会話と。


ここにいたかった。
しかしそれは叶わない。

理由は簡単。
お互いの目的地はここではない。
ただそれだけ。










今も、彼はどこかの街にいるのだろうか。

バイクを走らせ。
紫煙を吐き出し。

時々、ふっと微笑みながら。



(20090506)



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