倉庫

□衝突
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「おめえも行くか?」

 宿の一室。
 夕暮れ時に声をかけられて、ほたるは眉を寄せた。
 
 旅のほとんどは野宿だが、今晩は宿を取る事になった。
 山中から大きな町にたどり着いたばかりで、宿代もある、と言うことで決定したらしい。
 
 

「どこに?」

 町に着いたばかりで、どこに行くのか。
 本気でわからなくて、ほたるは目を瞬かせた。

「わかんねえのか?
 お前だって男だろ?」

 梵天丸がニヤニヤと笑う。

「狂はもう行っちまったぜ」

「…ああ」

 ほたるは、漸く何に誘われているのか理解した。

「色街」

「久しぶりに大きな町に来たからな。
 この辺りで女神さん拝んどくのも悪くないと思うぜ」

 ニヤニヤ笑いながら誘う梵天丸に、ほたるは首を振った。

「いい」

 あんま興味ないし。

 はっきり断ると、梵天丸は顔をしかめた。

「そんな派手な面して勿体ねえな。
 お前なら女がわんさか寄ってくるぞ。
 ああ、もしかして、寄ってくるから飽きちまったのか」

 何も言っていないのに、梵天丸は一人で納得していた。

「まあ、お前行かないんだったら、アキラのお守り頼むな」

「アイツは行かないの?」

「行くわけねーだろ!!あの年で。
 しかもアイツは…」

「え?」

「まあ、いいから。
 ほんじゃあ宜しく頼んだぜ」

 梵天丸はそういい残すと軽い足取りで宿を出て行った。
 取り残されたほたるは小さくつぶやいた。

「…イヤなんだけど」

 子供のお守りなんか。
 
 しかしその言葉を聞くものはすでにいない。
 よほど楽しみにしていたのだろう。

「ま、いいか」

 ほたるは再びつぶやいた。
 あのうるさい子供の面倒を見るつもりなど全くない。
 
 折角宿にいるのだから、布団で寝ようと思った。
 続く部屋に布団が敷かれているのを思い出して、廊下を渡り襖を開ける。
 
 そこには、アキラがいた。

 不機嫌そうに刀を研いでいる。

 アキラの持つ刀は双刀。
 刀一つでも持つのは重いだろうに、2本を片手づつ操る。
 
 両効きのアキラには丁度良いのかもしれないが、1つよりも2つ操るのが難しいのは当たり前だ。
 どうやら、現在この子供は二刀流の習得に苦労している所であるらしかった。


「…何見てんだよ」

 アキラが低めの声で言った。
 碧い目がほたるを射る。

「別に」

 ほたるは頭を振った。

「……」

 アキラは黙ってほたるを見た。



「お前は行かないのかよ」

「え?」

 どこかで聞いたような台詞だ、と思いつつほたるは聞き返した。

「だから、狂や梵天丸と」

「ああ、花街。
 行かない」

「何で?」

「眠いから」

「…ふうん」

 納得したように頷いたものの、アキラはまだ不機嫌な顔で刀を磨いている。

 アキラの不機嫌の原因に、気がついた。



(つまり、おいていかれたのが気に入らないんだ)

 一人で残されるのが。
 
 そこまで考えて、ほたるは唐突に一つの事実に気がついた。
 狂と梵天丸が宿を取ったのはアキラのためなのだ。

 アキラ一人で野宿をさせないため。

 アキラは全く気がついていないようだが、あの二人はこの子供を気づかれないよう細心の注意を払いつつ守っている。

 と言う事だ。






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