小説

□秘密
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 僕たちはいつものように汽車に乗り込んだ。
 兄さんは、座席に着くなり寝てしまった。
 

 その顔をなんとなく眺めてから、視線を窓に移す。
 窓枠にひじを突こうとして、そこが落書きだらけなことに気づいた





 秘密



 僕はまじまじと落書きを見た。
 鉄の窓枠に、いくつも走る白い線。

 よく見ると、それは何か尖ったもので削り取った跡だった。
 かなり力を入れないと、文字を書くことなんて出来ないだろう。

 たかが落書きのために、たいした労力だなあ。

 半ば呆れながら、その走り書きに目をやる。
 そこには、いろいろな言葉があった。

 バカ
 マヌケ
 ウソツキ
 ダイスキ
 
 憎悪の言葉から、親愛の言葉までさまざま。
 でも一番多いのは、たぶん好きな相手の名前。
 相合傘なんかもあった。

 別に落書きを全否定するってわけじゃないけど、これは酷すぎるよね。
 
 練成で消してしまおう。
 僕は軽く手を打ち合わせた。

 窓枠に手を当てる。

 
 その時

「ァル・・・」

 声が聞こえた。
 兄の声だ。
 起きたのかと目をやると、兄はまだ眠ったまま。

 その顔は、少しだけ幸せそうだった。

 寝ているときに、こんなに安らかな顔をしているのは珍しい。
 
「アル・・・」

 兄がもう一度呼んだ。
 僕の夢を見てくれているのかな?
 幸せな夢を。

 ないはずの胸が熱くなった。
 その感情の正体を、僕はもう知っている。


 窓枠においていた手を見つめる。
 
 
 僕はそこにも字を練成した。
 秘密の文字を。


 
 I love you, Edward Elric.




 鉄の窓枠に僕の練成した文字が鮮やかに浮かび上がった。
 この落書きは、誰にも見られてはならない。

 

 もう一度、手を打ち合わせる。
 そして、窓枠に軽く触れた。


 
 文字は一瞬で消えてなくなった。

 


 けれどこの想いが、消える事はない。













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