白竜と

□試合
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最近思うことがある。
だが剣城に話してしまうのは何とも勿体無くて話していない。

名無しが最近おかしいのだ。

いつものポーカーフェイスで部員達は気付いていないようだがずっとチームを共にしてきた俺は異変にすぐ気付いた。
きっとシュウも気付いているだろう。

いつもなら、

いつもならあんな失敗しないはずだ。



この間の練習試合でのことだ。

「先輩お願いします!」
「はいはい」
いつものように名無しは口調とは裏腹に素早い動きで相手の前に立ちはだかった。
相変わらず無駄のない動きに惚れ惚れしてしまう。
だが、名無しは一瞬、ほんの一瞬だが、顔を顰めた。

そのすぐ後だ。相手に抜かれそうになったのは。

勿論、名無しはすぐにバランスを持ち直しスライディングで相手のボールを奪った。

「(どういうことだ……)」

俺はただ、呆然とするしかなかった。
あいつが、抜かれそうになるだと?
対雷門の時ですらそんなことは稀だった。

「まさか……」

スランプというものが来たのではないか。
それとも新しい環境に対する疲れが今になって来たか。
俺の頭の中は不安でいっぱいになる。
何せこんなことは初めてなのだ。少なくともゴッドエデンで俺はあいつのこんな姿は見たことない。

ふと無意識に、名無しに手を伸ばす。

あいつは、俺の一歩前をずっと歩いてるんだな。







「白竜の様子がおかしい?」
「そう」
白竜がついに頭の中がお花畑になった。
この間なんか試合中に私に手を伸ばしてきた。
よくわからなかったので取りあえず手を合わせてみる。すると白竜は顔を真っ赤にして「ぶるぁぁぁっ」とよくわからない奇声をあげて逃げた。
なんなの。ほんと。
ということで白竜曰く親友だというシュウに相談してみた。
思わず溜め息が出てしまう。この頭の中が忙しい時期に何をしてくれるの馬鹿王子。

「枯葉剤撒く?」
「いや、それはちょっと」

シュウがにっこりと効果音がつきそうな程素敵笑顔で親指を突き立てる。
枯葉剤なんか撒いたらただでさえ白髪なのに大変なことになりそうだ。

「その時の白竜の顔は?」
「うーん…」

何だろう。親だけで遠出するため車に乗り込もうとした時おばあちゃんの家に預けられた子供が「お母さん」と呟くような。
「そんな感じかな」
「…………そう」
シュウは微妙な顔でそっと呟いたが今の私に理由を聞いている暇はない。

とにかくこれは深刻なのだ。

「名無しこの間の試合の時、一瞬だけ顔顰めたよね」
「え?」
あれか。……特に理由はない、わけじゃないけど深い理由はない。
え。あれが原因。それで私何日も悩んでるの。
「それじゃないかな」
「……」

あの馬鹿王子。






「先輩がおかしい?」
「なんでー?」
何となく、本当に何となくだが松風達に話してみた。
剣城や狩屋が居るのは気に食わないが二人の様子を見る分には実に興味深いものだった。
剣城は心無しかそわそわし始めて携帯を手にしてから開けたり閉じたりしている。
狩屋は人差し指で机を叩き、「先輩が、先輩がおかしい…」と仕切りに呟いている。

「名無し先輩にも何か理由があるんじゃないの?」
「先輩ってミステリアスだよね!」
「うん、かっこいい尊敬しちゃう!」
空野、松風、西園は女子のようにはしゃぎだした。あ、空野は女子だったな。

愛想の無い態度はそう見えていたのか。
ゴッドエデンではともかく普通の学校では名無しのつんけんした態度は反感を買うとばかり思っていたから意外だ。

「名無しは一体どうしたのだろうか……」
「スランプじゃないの?」
「それも考えたがあいつにスランプという文字は……」
「白竜君」

空野が急に真面目な顔で俺を見た。
思わず冷や汗をかいてしまった。女子を怒らせると怖いよ、と名無しが言った言葉を急に思い出した。
「名無し先輩だって普通の女の子よ。悩み事の一つや二つあると思うの」
「だが、」
「だがじゃない!」
「!」
何だこいつ。名無しより怖い。
いや、名無しが怒ったところはあまり見たことがないが。


「彼氏なら彼女の悩み事聞いてあげるのが筋ってものじゃないの?」


空野のその一言に俺の心は酷く打たれた。
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