short story
□ありふれた会話
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ロー 未就学児、ラミ 0歳 の設定
シスターが保育所的役割を担っている描写があります。
「ただいまぁ…」
「あ、パパ、お帰り」
「遅くなってごめんね。ふぅ、外、もう結構冷えてるよ」
「背広もらうよ。本格的に秋がきてるのね。…ほんとだ、ジャケット、冷たい。手も冷たい」
「ママ、温かいねェ。あ、そうだ。はい、これ、ママに。看護士長さんから、お土産もらった」
「わぁ!ガトーフェスティバルの、ラスクだ!これ、好きなの。ありがとう。
今日は遅かったね、急患?」
「あぁ、90のおばあちゃん。大丈夫そうだったけど、明日のオペに捩じ込んで来た」
「執刀はパパがやるの?ご飯食べる?」
「ご飯、少しでいいよ、遅いから。
執刀は、第一外科のベテランさん。今日、たまたま居てさ、いいって言ってくれたんだ。
それはそうと、僕の愛する子供たちの顔を見ないと。パパが、帰ってきましたよォ」
「ふふ…。ラミ、さっきまでミルク飲んで起きてたんだけどね、寝ちゃった。ローもぐっすり」
「そうか、残念。二人ともかわいいね。ロー、頭汗かいてる。子供は温かいね」
「ご飯、お魚温めるから待ってて。ごめんね、お手伝いさんがスープ作っていってくれたんだけど、それくらいしかなくて」
「いいよ、ありがとう。ママも疲れただろ。職場復帰、今日で一月?」
「そうだね。そろそろ夜勤もやらないと…」
「まだいいんじゃないか?職場も家もじゃ、倒れるよ。おれがもっと早く帰れればいいんだけど。
ありがとう、頂きます…」
「分かってたことだけど、仕事始めると、やっぱり子供たちとの時間が削られちゃうね。今はラミに手がかかるから、ローがどうしても後回しになっちゃって。我慢させてばっかり」
「あちっ、ふぅ…。
でもローは、あんまり相手も必要ないだろ?本とか、カエルとか、一人で熱中してない?」
「カエル触ったら、絶対手を洗いなさい!とか、怒ることもあるよ。遊んであげられないのに、怒るとか、ほんと、罪悪感」
「仕方ないさ。ごめんね、任せきりで」
「あ、そうそう、今日、ローが私のこと、なんて言ったと思う?」
「なに?」
「私を呼ぶのにね、『母様……あ、違った、ママ!』て呼び直したのよ!母様って何…!」
「あ、それ!そういうことだったのか!おれもこの前『とうさ…パパ!』って言われたから、何かなァと思ったんだけど、父様だったのか。…え、何で?」
「多分、お手伝いさんの言い方が移っちゃったんだと思うのよね。お父様、お母様ってやつが…。その辺も、どれだけ子供たちと接する時間が短いかっていう…」
「そうかァ、"父様"…。子が親を様付けって、どれだけ良いとこのお坊ちゃんなんだよ…」
「でも、もしかしたら世間一般には、良いとこのお坊っちゃまなんじゃない?トラファルガー先生のご子息だし」
「いやァ、まいっちゃうなァ。"父様"!」
「なに、喜んでるの」
「しかし、ローは凄いよな。いや、ラミちゃんも天使なんだけど、ローはさ、能力的にもなんというか…。この前、おれの机の医学雑誌を引っ張りだして読んでたよ」
「えっ、本当?さすがに意味は分かってないでしょ?」
「『システインのタンパクおよびケラチンの……抜け毛…』とか言ってた。読める部分だけ声に出して読んでたみたい。意味は分かってなくても末恐ろしいな。
魚、美味しいね」
「良かった。メヌケっていうんだって。淡白よね。
ほんと、子供たちは凄いわ。外を連れて歩くと、ラミは通りすがる人ほぼ全員から可愛い可愛い言われるし。
ローも、お迎え行くとね、なんだかシスターから覚えがめでたいのよね」
「えっ、あの美人シスターから?!ダメだろう、シスターは仮にも神に身を捧げてるんだろ」
「とはいえ、一人の女だから仕方ないよ。だって、最近、ローも大きくなってきて、たまに急にお兄さんな表情見せるじゃない?我が子ながら、ちょっとドキッとするもの」
「なにそれ、ママ、おれという人がいるというのに、浮気か?」
「しょうがないじゃない、パパに似てイケメンなんだから。あぁ、今から楽しみだなぁ。大きくなったらどんなにカッコよくなるのか…。息子とデート、ふふふ」
「ふん、おれはラミから『パパと結婚する!』って言われるからな。
…あれっ、あ、ママ、ちょっと待って」
「え、なに?どうしたの?」
「……こっちきて、しゃがんで。…あっ、やっぱり…」
「なに、なに?なんなの?…いてっ」
「白髪、取れたよ、ほら」
「やだ、本当…!もう無い?」
「ママも苦労してるんだなァ。もう無さそうだよ」
「ローくんのお母さん、ずっとお若いですねって言われたいのに…、仕方ないよね。二人も産めば、老化がひしひしと…」
「そんなに落ち込まないで。ママは若くて綺麗だよ。おれも最近髭に白髪混じるし」
「ごめん、ありがとうパパ。お茶、温かいの、淹れるね。
…それにしてもね、子供には、本当に…」
「ありがとう。そうだな、本当、恵まれたね」
「ローが、ラミと遊んでいるところなんか、見ていて幸せよ。
ラミなんか、お兄ちゃん大好きだから、ローが何かするとすぐ笑うし。ローも面倒見が良くて。二人ともとってもかわいい」
「二人とも可愛くて、カッコよくて、ローなんかきっとおれを凌ぐ天才だぞ。どうするんだ、こんなに完璧で」
「良かったじゃない。病院も、跡取りに困らなくて」
「天才が過ぎてNB医学賞とかとっちゃったらどうしよう」
「修学前からNB賞の期待をされたら、流石にローもかわいそうよ。
けど、ローなら…そうね、フレバンス東大学、主席入学、主席卒業ってとこじゃないかな」
「主席かっ!国費で勉強する、お国が離さんよタイプか!猛者揃いの中、難しいぞ」
「そうかなぁ、ローならできちゃいそうじゃない?でも、そうすると、国からもNB賞取るのを期待されるのかしら」
「そうだよ。だから、ローはきっとNB賞を……あ、でも、やっぱり、NB賞はダメだ」
「どうして?」
「病院継ぐなら、臨床じゃないと。
病院長が研究畑じゃ、皆納得してくれないだろう?あいつ、研究にはまったら、基礎研究一辺倒になりそうだし。NB医学賞取っても跡継ぎを失ったら本末転倒だ」
「確かに、あの年齢からカエルをいじり回してるのを見るとね。でも、やっぱり冷静になってみれば、そもそも親馬鹿かも…」
「ああ、なんか心配になってきた。あいつ、大きくなって『臨床なんかダルい、おれはマウスとカエルと細胞でいい』とか言い出したらどうしよう」
「医者になることさえ、まだ決まってないけどね。うーん、でも、大丈夫じゃないかしら」
「え、なにが?」
「ローは、お医者さんになるなら、臨床に進むと思うよ」
「そうか?カエルの腕を切断したところから、マウスの腕を生やして、奇跡のオペだ!とかやりそうじゃないか」
「それについては否定しないけど。
でも、ローを見てれば分かるよ。あの子、優しいもの」
「……うん、そうだね」
「貴方の背中を見て、人と関わって、人を助けたいと思うようになるよ」
「…うん、そうだといいな」
「本当のことを言うと、私はローが好きなことをやってくれれば、何でもいいよ。医者じゃなくても。
だって、二人とも元気で、良い子でさ、これ以上はいらないよ。
完璧すぎて、怖い」
「そうだな、その気持ちは分かる。こんなに出来すぎてて、うちは幸せで、いいのかと思う。
だから、二人が元気なだけで充分なんだ。
…ご馳走様。片付けとかやっておくよ。ママも疲れただろ。早く寝ていいからね」
「ありがとう。あ、そうそう、運動会の日程、決まったって。来月の23日。行けそう?」
「行く。学会でも断って行く」
「ふふ、無理しないでね。
それじゃあ、先に寝させてもらおうかな。パパも、早く寝てね。お仕事しちゃダメよ、すぐ隈ができちゃうから」
「分かってるよ、すぐ寝るから。おやすみ、ママ」
「おやすみ、パパ」
おやすみ、ロー おやすみ、ラミ
2021/10/06