short story

□彼の葬式
1ページ/1ページ

**何十年後かの未来…**



葬儀はしめやかに行われ、通夜は滞りなく終了したところだった。それでもぽつぽつと、葬儀に間に合わなかった知人達が故人を偲びにやってきていたので、祭壇の前には簡易的な御焼香が置いたままになっている。


人の生き死には、順番通りにいくとは限らない。その不条理が時に死ぬほど辛く寂しい思いをさせる。

しかし、幸運なことに、彼のごく身近に限っては順当だった。
彼は天寿を全うした。
彼の近親に彼より年長の者は既になく、子供たち孫たちは皆、さすが彼の血筋と言わんばかりに健康そのものであった。
もちろん、そんな彼にも職務上、戦友と辛い別れをしたことはある。
しかし、彼の心を完全に折ってしまう別れには、結局のところ出会わなかった。

幸運だった、の一言に尽きる。


今、そんな彼の遺影の前に、泣き崩れる男がいた。


「とっつぁん…」


男は持っていたステッキを落とし、棺に手を置いて、ひくひくと肩を揺らした。


「ついに、この日が来ちまったんだなぁ」


男は懐かしげに、棺の窓から見える彼の顔を眺めた。
男が知っていた時分と比べて、彼の髪は大分薄くなり、いや、曙のような頭になっていた。額には皺が年輪のごとく刻まれ、多くの老人と同様に頬は痩けてしまっていた。
ただ、彼のチャーミングな下睫毛は相も変わらず長く、さらにチャームをプラスするかのように、目尻のわきに大きなシミが鎮座していた。


「すんごい老けたねぇ、とっつぁん」


男は目に涙を浮かべながらも、口許を僅かに綻ばせ語りかけた。
お前もだろうが、と彼が生きていたら怒鳴っただろう。

男も確かに歳をとっていた。白髪に髭、線の細さが目立っていた。
だが、白髪は艶やかで鼻の下に蓄えられた髭も丁寧に整えられ、未だ衰えない若々しさがあった。目許に笑い皺が深く刻まれてはいたが、瞳は未だ活き活きとしていた。ステッキも、身体を支えるものではなく、あくまでも装身具として持っているようだった。


「別れは済んだか」


男の友人が、御焼香を終え、声をかけにきた。白い顎髭が見事である。
顎髭の男は、持っていた帽子を今一度自らの胸にあて、黙祷を捧げてから、帽子を目深にかぶった。


「別れがたいのよ、別れがたいのよ」


男は再び嗚咽をあげはじめた。
その声に周囲が視線を向ける。
この立ち上がれぬほど嘆く男は何者であろうか。
故人は、人望厚い人物であったが、何しろ大往生であった。ゆえに偲ぶ声は多かれど、あからさまな嘆きは親族でさえ珍しかった。


すると、式場の外から、あらたなざわめきが起こった。
そこには場違いなリムジンが止まっていた。

従者らしき人物が後部座席の扉を開けると、中から黒貂の大きなファーが目を引く漆黒のコートを羽織った婦人が姿を表した。
目元は帽子から繋がる黒いレースのため隠されているが、美しさが漏れだしている。唇には真っ赤な口紅がひかれ、上品というよりけばけばしいが、けばけばしくも美しい。

婦人は真っ直ぐに祭壇へ向かうと、くずおれている男にちらりと目を向けた。


「あら、あなたたちも来ていたのね」

「その声は、不二子ちゃん!」


男は一転し、涙に濡れた瞳をきらきらと輝かせた。
不二子と呼ばれた婦人は、唇をそっと綻ばせると、静かに御焼香をあげ、棺の前に立った。男たちと同様に、棺の中の彼の顔を眺め、感慨深げに息を漏らす。


「さんざん追い回してくれたけれど、もうお終いなのね」


婦人がぽつりと寂しげに呟いた。


「……っ、終いなもんか。あの世で、手ぐすね引いて俺たちを待ってる……そうだろう、とっつぁん?」

「違いねぇ。ゆっくりしていられるのも、今のうちだけかもしれねぇぜ。
早く来いって、地獄の底から足を引っ張ってくるかもしれねぇしなぁ」

「あら、嫌だわ。私、まだ当分死ぬ予定は無いのよ」


婦人はそう言って微笑むと、男の目を捉え、艶やかな視線を送った。


「実は、ある国の公爵から、パーティに招待されているのだけど、それがいわく付きなのよ」

「なぁになぁに?楽しそうなお話じゃないの」

「まったく、お前は懲りねぇな」


男は遺影にウインクをすると、背筋を伸ばした。


「こうして皆が顔を会わせたのも、故人のお引き合わせ……なんてね。久しぶりにお仕事させてもらいますか」

「そういえば、納骨にあわせて五ェ門も来るそうよ。菩提寺の住職とお知り合いなんですって」

「ひょ〜五ェ門ちゃん!久しぶり!」

「アイツ、仙人みてぇになってるんじゃねぇか…」


どこか周りと違う空気を放つ男たちは、颯爽と葬儀場を後にする。
人々は、彼らはいったい故人とどのような繋がりがあったのだろうかと、不思議そうな目で見送った。

一方、遺影の彼は、何も言わずに男たちを見つめている。
死人に語る口はない。当然である。
しかし、実は、動かぬ彼の棺の周囲は、心が弾むようななんとも言えない空気が満ちていたのだが、勿論、誰も知るよしもない。
生前の彼なら、こう叫んだだろう。


"ルパン、逮捕だ!"


彼らが再び、追って追われてのじゃれあいをするようになるのはもう少し先。黄泉の国での出来事である。




**************
不二子ちゃんは、デ○゛ィ夫人みたいになっていると思う。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ