新 連載

□万事屋の診断
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新八譚




「侍の国」


僕らの国がそう呼ばれていたのは今は昔の話。


かつて侍達が仰ぎ夢を馳せた江戸の空には今は異郷の船が飛び交う。


かつて侍達が肩で風を切り歩いた町には今は異人がふんぞり返り歩く…



 そして今日も江戸は、かぶき町は、天人で溢れている。
本誌やアニメで道行く人々の中に天人がなかなか描かれなくなったからといって、そこから天人が消えたわけじゃない。あれはいわば、こうだったらいいのにな〜、という願望の眼鏡を心に掛けて見ているから映し出されないだけであって、依然として沢山の天人たちが江戸にたむろしている。
今日は特に酷い。
何が酷いかって往来を歩く天人の数ではなく、その種類だ。
どこからともなく漂う磯の臭い。白くてひょろり且つにゅるりっとした腕かなにかが視界をよぎったので、僕は思わず目を背けてしまった。
たぶん、海を好むタイプの天人なのだろう。ただし、キラキラした熱帯魚や珊瑚などのように、万人受けするタイプではなさそうだ。
こういう時はじっくり眺めるのは避け、さっさと通り過ぎるに限る。そう思い、僕が足を速めたその時だった。

「この眼鏡の似合う者はいなイカ!」
「我こそはこの眼鏡に似合う者なりという者は名乗りをあげよ!」
「眼鏡を掛けることに覚えありという者は前へ!」

……眼鏡?
眼鏡を語るに、この志村新八を差し置いて誰がいるというのだ。僕はその声のする方へと振り向いた。









「銀時、俺とともに再び剣をとれ」


「で、なに。今度はどんな悪いもんを食ったの」


 銀さんは桂さんの申し出を端から一蹴した。万事屋の応接ソファーに座った時から変わらない重たげな眼差しを、ちらりと桂さんから私に移しただけだった。

「久しぶりアルな、ヅラが銀ちゃんをちゃんと勧誘するのは」
「リーダー、ヅラじゃない」
「たしか先月くらいからです。攘夷活動云々と煩く言い始めたのは」

 少し前の出来事だ。
その夜、ふと気づくと、桂さんがいた。戸締まりはしっかりしてあったはずなので、不法侵入としか言いようのない手段を用いたに違いなく、しかも出で立ちも異常である。女装をしていた。単に女装をしているだけなら、時に女よりも美しいヅラ子さんの出来上がりなのだが、目の前の人物は化粧がどろどろに剥げている。女と男の狭間で宙ぶらりんになった化け物というような風情があった。
 その異様な彼が、重たげに口を開く。化粧の落ち具合が、サウナに籠もっていたか、それと同等に汗をかく運動でもしたと匂わせるが、桂さん自身は息も上がっていないうえ、どこか真剣みすら感じさせた。

「おかまバーには」

 おかまバーかい。夜な夜な忍び込んで、格好こそ異常なものの神妙な面持ちで発する第一声がおかまバーかい、とつっこんではいけない。無用なつっこみで新八くんのように体力を消耗してはいけない。

「三種類の客層がいる。男に女、そしてそのどちらでもないものだ」

どちらでもないものに半分足を突っ込んでいる目の前の人物は、熱い眼差しで先を続ける。

「それぞれのグループは、更に細分化することができるが、中でも、女子を連れてきている男共がいてだな」

彼曰わく、"アベック"はおかまバーならではの客層らしい。陽気なおかまの手にかかれば、男も女も容易に楽しませることができるので、ホストクラブやキャバクラより性別制限が弱いのは確かだろう。だから、女の子を楽しませるためにおかまバーを敢えて選ぶ男もいる。
 ただ、アベックの目障りな点は、おかまを単なる道化として軽んじる傾向にある点だそうだ。
男単身で乗り込む者は、単に愛を欲している可能性が高いが、アベックの特に男側はおかまを自らの引き立て役として使う魂胆がある場合があるという。
しかし、ここまでならまだ許せる、と桂さんは語気を強めた。

「そんな浅はかな小僧が、調子づいて何と言ったと思う」

だいたい攘夷とか、まぢ意味わかんなくね?
噂じゃ、昔ブイブイいわせてた攘夷の勇も、最近はラップ歌い狂ったりするだけで攘夷とかいっちゃってるらしいじゃーん
ホップステップラップストップ!
攘夷に尿意!
オレもできるZE、天誅!
とても滅入るZE、Hey、You!


「貴様、そこになおれぇぇぇ!」 


と、そこでかまっ娘クラブエースのヅラ子は屈辱に耐えかねて攘夷志士の勇に戻ってしまった、らしい。

貴様、好き勝手言っておったが、俺の真意も知らずに、攘夷を侮辱するとは言語道断!
血を流すことだけが攘夷ではない。
平和的に己の魂の叫びを音楽に託す、このラップの素晴らしさが分からんか!
貴様のような軟弱な輩に口出しされる覚えはない!
なんだ、そのチャラついた頭は!
男なら曲げを結え!
俺はいいんだ、いざとなったら結える長さがあるからいいんだ!
それに貴様の魂胆などお見通しだぞ!
どうせアレだろう、おかまバーにくれば、適当におかま達が笑わせてくれるし、己の男らしさがより引き立つとか思っている口だろう!
ふざけるな!
いいか、教えてやるが、ここにいる厨房のおかまから売れっ子のおかままで、全員が貴様の千倍は力強いからな!
青髭なめるなよ!

と、若者を締め上げたところで、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
荒くれるおかまを通報した者がいたのか、真選組の突入を受け、桂さんもといヅラ子は脱兎のごとく逃げ帰ってきた。
この一連の出来事を経て、今に至るらしい。

「俺は僅かであっても攘夷の道を確実に歩んでいると信じていたが、やはり道は険しいようだ」

珍しく桂小太郎が弱気なことを言った。

「たしかに、ラップやドラマ鑑賞では、攘夷に対する真剣さは伝わりづらいですからね」

励ましてあげても良かったけれど、自らの言動を振り返ってくれる機会も滅多にないので、やんわりと思っていることを伝えてみる。
すると、僅かな間を置いて、桂さんが口を開いた。

「やはり紫でさえ、そう感じていたか」
「桂さん、何をおっしゃるんです」

桂さんの表情にあからさまに影が差す。

「皆、俺にどうしろと言うんだ。穏健派に転じ、地道に歩んでいれば、いい加減に攘夷活動しろとか言われるし、かといって俺が具体的に動けば、外からなんやかんやとごちゃごちゃカスどもめ、邪魔をしおって」

ぼそぼそと不満を述べた後、桂さんは斜め下を向いて押し黙った。
沈黙が辺りを包む。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
どうしよう、これはまずい。

「いっそ、やめるか」
「な、なにを」
「穏健派などやめてしまうか」
「ちょっ、ま…」

待ってくれ。どうしたらそういう結論になるのだ。

「穏健という崇高な姿勢に誰も気付かず後ろ指をさされるくらいなら、分かりやすく過激派となってブイブイいわせた方が何かと手っ取り早いと、俺の中の獣が言っている気がする」

まずい。獣はまずい。
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