新 連載

□アクアリウム会議
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イカ暦20011年―――(軍会議)

「申し上げます!槍イカ部隊壊滅!軍曹含め、多数が捕虜となった模様!」
「なんと…。あの精鋭部隊が…」
「捕虜になるとはなんたることだ。イカの風上にもおけん」
「なんでもオクトパ星では捕虜の足を切り落とすというではなイカ。二つも蛇足であるとかいって」
「蛇足なものか!立派なゲソだ!」
「それはそうと、イカ騎士(ナイト)の消息はわかったのか」
「いえ、それが依然行方が分からず…」
「まったく、これではいつこ攻めいられてもおかしくはないぞ」
「……やはり、みなさん。ここは新たな一手に望むべきかと思いませんか」
「新たな一手?イカ騎士もいない今、我等に何ができる」
「一つだけあります。伝説のイカ・クラーケンを呼び覚ますのです!」
「く、くら……、あの伝説のイカを!?」
「駄目だ、危険すぎる!」
「しかし、他に何がありますか?何か案のある方はおられるか」
「そ、それは……」
「我等にできることは他にないのです!今こそ、呼び起こすときなのだ、最強にして最悪のイカ・クラーケンを!」









「今日の昼食に関してだがね、イカ刺しとはイカがなものか」
「碇殿、奇遇ですな。私もこの神聖な会議の場で、イカ刺しのような下品な食べ物はどうかと思っていたのです。よほどたこ焼きにした方がみなも喜ばれたことでしょう」
「パウル殿、それは違う。イカ墨パスタ、イカの塩辛、もちろんイカ刺しなどに代表されるよう、全ての料理においてイカはタコを凌駕している。我々は、この地球という猿が跋扈する星において、いささか進化の中途にはあるが、力強く生きる同族の小さきイカ達に対し敬意を持っているし、また彼らを用いた料理についても自信と誇りを持っている。そして、この小さきイカ達の美味なるを広く知らしめたいと思っているが、しかし、パウル殿のようにイカにしても繊細微妙な味の機微を理解しえない低俗なものが口にして良い食べ物ではない、と言いたいのである」
「なんだと、我を愚弄するのか、おのれ!」
「そう赤くなりなさるな、パウル殿。タコもイカもどちらも美味、それで良いですたい!昼食の刺身盛り合わせは、互いの元種族の旨さを確認するためみタイなもの。喧嘩する趣旨ではないですたい!」
「常時であれば、私もそれで我慢した。しかしながら、そうやって捨て置けない状況に我が国はあるのだ。暫くの間、此処におられる方々皆、イカを用いた料理は控えるよう、要求する」
「ほう、それは何故ですかに」
「申し訳ないが、その理由を明かすことはできない。我が国には我が国の事情があるのだ」
「ふん、イカ星のことだ。察するに、我らオクトパ星との戦いに窮し、妙な手段に出たに違いない」
「ぬぬぬ、なにを〜」
「近頃イカ星はイカがわしい奴らと連んでいると、もっぱらの噂ではありませんか。イカだけに」
「おのれ、タコめ!その突き出た口を慎むがいい」
「文句があるなら、かかってくるがいい。返り墨にしてやる、ヂュ〜」
「静まるたい!この場では星間の争い事は持ち込まないのがルールですたい!」
「今回ばかりは引き下がれん。我がイカ墨の餌食としてくれよう」
「やめぇぇぇェイ!」

 さて、今まで発言した天人はいったい何種類でしょう。答えは省略する。
今日の会議は、一部の出席者の機嫌が殊の外悪く、乱闘騒ぎになっている。乱闘中は会議でよくあるように、用意された資料を頃合いを見計らって配ったり、プレゼンテーションの進行にあわせてパワーポイントを動かしたりするといった雑用が無くて良いかわり、会議は全く進行しない。進むべき方向も見えない。打開の糸口さえない。

「紫ちゃん、帰っちゃいけねぇかな」
「お願いです、こんな所に一人にしないで下さい」

 天人全員を寿司ネタしたい衝動が付きまとう、視覚的にも異常な会議。これが、毎週水曜の名物会議、アクアリウム会議の実態だ。この場に人間は私と松平公しかいない。私たち以外は、生物的に種が違う、科が違うといった範疇を越えている。そもそも星が違うのだ。しかも、数いる天人の中でも、更に縁遠そうな魚貝系。もはや言葉が通じていることが奇跡に感じられる。だから、たとえ隣にいる人間がエロオヤジだろうがエロダヌキだろうが、それが人であるというだけで、どれほど有り難いことか。

「でも実際よぉ、あいつらおじさんに用なんてねぇだろ?この通り放置プレイじゃねぇか」

 松平公は、議題に上がっていた昼食の残りのイカ刺しをこっそり、いや堂々と食べながら愚痴をこぼす。酒のつまみにもってこいだな、と呟いた。恐らくはキャバクラすまいるに思いを馳せているのだろう。
 まずい。松平公のことだから、この状況が続けば、本当に席を立ちかねない。けれど残念なことに、会議が始まってから放置プレイが続いているのは事実だ。きっと後少し経てば、松平公は飽きにまかせてキャバクラに旅立ってしまう。私は魚貝の中、ただ一人の人間としてポツンとするのだろう。そして意味のない数時間が過ぎたあたりで、急に攘夷浪士について思い出す魚が出てくるのだ。松平公がこの場にいないことについて問い詰められ、平謝りする自分。泣く泣く松平公に連絡を取れば、「紫ちゃんも来るか?」と悪びれもしない言葉が返ってきて、怒りにまかせ私は携帯を折る。いや、折ってはいけない。最近の携帯の値段は馬鹿にならないのだ。折りそうなところ、気を静めるために桂さんに電話をするくらいの余裕がなくては、と思ったが、それも駄目だ。桂さんは携帯なんて先端技術の結晶は持っていない。
今時、携帯電話を持っていないのはいささか不便で困る。携帯電話の便利さに当人が与れないのは、別に構わないのだけれど、そのせいで周りの人間が不便を被るのは問題ではないだろうか。今度思い切って勧めてみよう。「天人の技術にたよった物などいらん」とか言われてしまうだろうか。それとも「そんな軟弱なもの侍には必要ない」だろうか。果たして軟弱か否かはどの辺で判断すればいいのか分からないが、もし桂さんが携帯を持ったら持ったで、ノリノリでメールを打ってきそうなものだが、どうだろう。攘夷党のメーリングリスト、攘夷党員への一斉送信、エリザベス・定春くん等のデコレーションの多用、ハート連打、度重なる勧誘メール……。やめよう、リアル過ぎてあまり気持ちのいいものではない。
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