Lullaby of the Sea

□Prelude
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それは大きめの本1ページ大の羊皮紙で、年期が入り黄ばんではいるが、描かれたものははっきりと読み取ることができた。
そこに描かれているものは風景画で、左奥に山がそびえ、山裾がそのまま右へと伸び、切り立った海岸線の弧を作り出している。中腹には神殿を思わせる建物があり、目を引いた。海にむかって開けた土地は、小さくも家々が数多に連なり、栄えた都だということが伺い知れる。海は穏やかに晴れているのか、海面の輝きが点々と描かれ、空に雲はない。その代わりに、「12#34#5」の思わせ振りな数字と「For Vienna」という文字が浮かんでいた。

宝の地図、とその絵は当初の持ち主から呼ばれていた。
はじめにそれに興味を持ったのは、人語を操り、二足歩行する白熊のベポだった。
宝の地図という夢膨らむ言葉に素直に心を踊らせ、その羊皮紙を欲しがった。
酒場で居合わせた宝の地図の持ち主は酒の勢いで、あろうことか地図を賭けに持ち出し、正当な手段で賭けに勝ったベポは宝の地図を手に入れた。

今、宝の地図は船長であるトラファルガー・ローの手元にある。
肝心の宝が一体何なのか判然としないため、ローは宝探しにあまり興味を持っていなかったが、そんなことはお構いなしに、宝の地図にまつわる厄介事が降りかかった。
当初の持ち主が、取り返しに来たのだ。
宝の地図を持っているくらいなので当然ながらに相手は海賊だった。
夜の嵐の物音に紛れ、港に停泊していたポーラータング号に攻撃を仕掛けた海賊たちは、この辺りの海域では名の通った一味なのか、ハートの海賊団相手に物怖じしなかった。
通常、船長の懸賞金が億を越えてくると、そもそも攻撃されること自体減ってくるものだが、今回の相手はそんなことは気にしていないようだ。むしろ、ハートの海賊団と知って攻撃を仕掛けてきたとさえ、ローは思った。
ハートの海賊団は珍しく劣勢だった。


「取り舵一杯、全速力!団員たちよ、アレグレット、アレグレット!逃がしてはならん」

砲撃から逃れるため出港したポーラータングを追って、船尾にぴたりとついた敵船から、船長と思われる人物が声を張り上げた。
妙な号令だとローは思った。自分の仲間のことを団員と呼ぶのも気になったが、思考は白兵戦に持ち込もうとしている敵の行動に移り変わる。
ローは能力を使い、主戦場になろうとしているポーラータングの甲板にサークルを描いた。大抵、能力の「ROOM」を張ってしまえば通常はローの独壇場になる。戦闘はすぐに終結するはずだった。
しかし、ローのサークルが辺りを包むのと同様に、全く別の膜のようなものが辺りを包んだことにローを含め、ハートの海賊団は驚いた。
その驚きと戸惑いが一瞬の遅れを生む。
ローは敵の武器を拐い、海へ落としてしまおうと、左手を構え、タクトと呟いた。指先で方向を指した時、敵船長も持っているレイピアをローが指した方向とは逆向きに振っていた。
雨と風の吹き荒ぶ音で声はかき消されたが、敵船長も何か声を発したようだった。その唇は「タクト」と動いたように見えた。

「キャプテン、大丈夫?!」

ベポが後ろから、普段のような切れを見せないローを心配し声を張り上げた。

「あぁ、すぐに片付ける」

とは言ったものの、なぜかローの「タクト」は発動しない。
ローは敵の船長がにやりといやらしく笑うのを目の当たりにした。

「リタルダンド、ラメントーソ!」

呪文のような言葉が響いた。
それと同時にローは体が重くなるのを感じる。それは周りも同じようで、元来俊敏なベポの動きも鈍っている。

───ペンギンは?シャチは?

いつもなら間髪を入れず反撃するところ、仲間の安否がローの頭から離れなくなった。
敵に主導権を握られている。しかもほぼ無名の海賊団に。
久しぶりに焦りを感じた。

「キャプテン!危ない!」

仲間が叫んだ。数名の敵がライフルを構えているのを知らせるものだった。
ローが気づいてしまえば銃弾もローの能力の前には無力だ。雨が降り、雨粒がそこかしこにある状況ならなおのこと。雨粒と発砲された銃弾の位置を取り換えてしまうことができる。

「シャンブルズ」

ローが声を発すると、発砲した敵の足元に数発の銃弾が落ち、敵の海賊たちが驚きの声をあげる。
しかし、漸く調子が戻ったかと思ったのも束の間、ローは左太股に焼けるような痛みを感じた。

「うっ」

僅かに呻き声を漏らす。シャンブルズで銃弾は全て避けたはずだったのに何故。
すると、解いたつもりもないのに、ROOMのサークルが泡沫のごとく消え失せてしまった。

───もしや、海楼石の銃弾か。

嫌な冷や汗が滲み出てくる感覚を覚える。

「キャプテン!」
「ロー!」

ベポやペンギンたちが叫ぶ声が聞こえた。
嵐が一層強さを増し、叩きつけるような雨に変わる。
敵の船長が突進してくるのが見えたが、この期に及んで体が重く、ローは避けることを諦めた。

「潜航しろ!」

敵船長の攻撃を受ける間際、ローは命令を下した。
嵐で波が大きく、船体も激しく揺れる。敵船長の攻撃を長刀の鬼哭で受けるも、海楼石を受けた体では踏ん張りがきかず、ローの体は嵐の海へ投げ出された。
高い波がローの体を飲み込み、黒い海の中に引き込んでいくのを、ベポたちは信じられないという顔で見るしかなかった。
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