short story

□拍手文 R1.9.11〜R1.11.20
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Vienna Encyclopedia より

”Vienna音楽院の華麗なる日常”とは、Vienna音楽院に通う良家の子女による音楽をめぐる学園ものの小説。
Vienna、Wien近海の人々に広く読まれている。

概要:
Emilyはピアノ専科の学生で、類いまれなる音楽の才能と美貌により、学内での名声を欲しいままにしていた。
しかし、ある日天才ピアニストのAnnaが転校してきたことにより、熾烈なソリスト争いが勃発する。

トラファルガー・ローによる書評:
学園ものの割には心理描写がえげつなくて、展開が気になる。

オペラ Vienna 音楽院:
”Vienna音楽院の華麗なる日常”を元にしたオペラ。


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Cella独白



まさかの現場に出くわしてしまった。

僕はレッスン後に、婆様が作った惣菜の煮物をお裾分けに来ただけで、先生の家を目立った合図なしに開けてしまったのがいけなかった。
玄関まで先生の気持ちの昂った声が漏れてきている。

「ああっ…いけませんっ…」

間髪入れず、ロー兄さんの声がした。

「馬鹿、そうじゃねぇだろう」

すると「それじゃあ」と先生の言い直す声がする。

「ああん…だめっ…!」

先生の甘く切ない声が響く。
その声に、僕の心臓は破裂しそうなほど、どきどきと脈打った。
一体何が起こっているんだ。
煮物の入った鍋を持つ手が、じっとりと汗ばんできた。
今まで聞いたことのない先生の声、そして続くロー兄さんの低い声。
とにもかくにも、僕は恐らく聞いてはいけないものを耳にしてしまっている。

「違う、もっとこう……!」

ロー兄さんも何の指示を出しているんだ。
もっとこう、どんな声を出せと先生に要求するつもりなんだ。
聞いてはいけないと思いつつ、耳が二人の声を捕らえてしまう。
胸がばくばくする。
どうしよう。煮物もどうしよう。

「それなら…」

少し息の上がった声で先生が言った。
やめて、先生、僕、帰るから!
煮物も、1人で全部食べるから!

「そんな、そこに触れたら、あぁ!」
「…っ!もういい!次に進め」

今までで一番過激な先生の声の後、苛立ったようなロー兄さんの声がした。
あっつい。僕はもう、顔が熱い!

「え、嫌です!ちゃんとやらなきゃ」
「ふざけんな、お前、どういう状況か教えてやる」

え、待って待って待って!
ロー兄さんらしき足音が大きくなった。
どうやらこちらに向かってきているようだ。
まさか、僕がいるのがバレているんだろうか。
確かに、兄さんは賞金2億の海賊、僕の気配くらい手に取るように分かるのかもしれない。
でも、待って!これは不可抗力だ!
煮物を持ってきただけなんだ。
盗み聞くつもりは、全く、さらさらなかったんだ。
むしろ、こんなトラウマになりそうなことを経験して、僕こそ被害者な気がする。
というか、こんな状況で参戦って、ロー兄さん一体何を考えて…!

「見ろ、Cellaが困ってるじゃねぇか!」

バン、とリビングへの扉が開けられ、僕は緊張のあまりへなへなと尻餅をついた。

「あら、Cella、戻ってきたのね」
「え、あ、先生……?」

リビングから覗く先生はいたって普通だった。譜面台の前に立ち、にこにことこちらを見ている。
特にいつもと変わらない教室の風景。
でもさっきまでの先生たちの会話は明らかに異質で、僕の頭は理解が追いつかない。
ふと、ロー兄さんの方を見上げると、一瞬兄さんと目があって、兄さんは苦々しい顔をしながら頭を掻いた。

「どうしたの?来ていたなら声かけて良かったのよ」
「どうしたのって、明らかにお前のせいで入れなかったんだろ!」
「わたしのせいって、まぁちょっと演技に集中してましたけど、でも…」
「演技って……先生、なにやってたの…?」

僕はやっと息が普通にできるようになって、先生に聞いた。
そうすると、先生は顔を赤らめてちょっと視線を外す。そして譜面台にあった譜面を取り上げた。

「なにって、これ、オペラ”Vienna音楽院”の1シーンをやってみたくて…」
「へ?Vienna音楽院?あれに、こんなシーンあったの…?」
「ほら、完全に勘違いしてるじゃねぇか!」
「何を言うんです!今のは、Emilyの有名なコロラトゥーラ(技巧的、装飾的な声楽の旋律)に入る前の、苦悩の場面です!」

先生が必死に主張する。僕は唖然として聞き返した。

「Emilyのコロラトゥーラの前って、Leonの告白とEmilyの犯行が重なった、あの?」
「そうよ。Annaに敵わないと知ったEmilyが、苦悩のすえAnnaを刺してしまう。もう自分には音楽を奏でる資格はないと嘆くEmilyに、Leonは思いを告白し、Annaを殺した罪を被ろうとする…一番印象的なあのシーン!」
「Leonが血に濡れたEmilyの手をとろうとするところだね…」

僕は緊張の糸が急に解れて、力が抜けていく感覚に襲われた。
なんだ、馬鹿みたいじゃないか。
僕は一体なんだと思っていたんだ。

LeonがEmilyの手をとって、自分の手にもAnnaの血をつけようとする。そして、それを制止するEmily。
先生がさっきから悶えるような声で言っていたのは、EmilyがLeonに手を触れるなと言う一連のレチタティーヴォ(オペラにおける物語の叙述部分)だ。
Vienna音楽院の話で、一番有名な場面の1つ。その後に、超絶技巧のEmilyの歌が続く。
当然、そんな風には聞こえなかったけど。
ロー兄さんの声がしたのもいけなかった。
まさかロー兄さんがオペラに付き合っているなんて。

「なんだってロー兄さんの前で、オペラの練習なんかしていたの」
「だって…」

先生はもじもじする。

「わたしがEmilyをやってみたいがために、みんなを巻き込むなんて、先生なのに恥ずかしいじゃない…」

でもロー兄さんにはお願いできるんだ!
僕は、呆気にとられて、思わずロー兄さんの顔を見た。
ロー兄さんは僕が見ているのに気づいて、眉を寄せて少し険しい表情を作ったけど、その表情のすぐ後ろには、僕と同じに困った様子の兄さんがいることがありありと分かる。
そうだよね。そりゃあ困りますよね。

「先生、僕帰るから、これ。婆様から煮物、お裾分け。ロー兄さんと二人で食べて」
「あら、Cella。せっかくだからCellaもやっていこうよ。Leon役、ローさんは棒読みしかしてくれないの。なんか評価も厳しいし」
「厳しくねぇよ!正当な感想だ!」

概ね兄さんの言う通り。

「ごめん、先生。僕、ちょっと疲れちゃったし、オペラはあんまり分からないし」

邪魔しちゃ悪いし。

「Cella、大丈夫よ!あなたは音楽の天才じゃない」
「先生ほどじゃないよ。それに感想はロー兄さんの方が率直で確かだって」

不満げな顔をする先生。ロー兄さんはお疲れの溜め息をつく。
僕は鍋を先生に渡して、逃げるように玄関に向かった。

「じゃあ仕方ない。ローさん、もう一度、さっきのところから…」
「やめろ!もういいだろ!」

後ろから先生とロー兄さんが争う声が追いかけてくる。
ロー兄さんが少し可哀想だけど、それでも付き合ってあげているところをみると、嫌じゃないんだ。ちょっとそれが面白い。

「良くないですよ、音楽についてはより高みを目指したいんです」
「さっきからおれがダメだと言ってんのは、もはや音楽の範疇じゃねぇ!ただの学園ものだろ、寄りによってなんでそんな声出すんだ!」

玄関で扉を開けながら、ちらりとロー兄さんの顔を盗み見る。
案の定、頬が赤い。無理もないよね。

「そんな声って…!なんなんですか!」
「だからなぁ、要は…」



エロいんだよ!!


*R1/9/11〜R1/11/20*

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