―CALLING―



 雨は降ると、なんとなく予想していた。
 何の目的もなく森へ出かけては、襲ってくるモンスターを狩りつづける。そんな日々が、ループする。
 帰り道で出くわしたポイズンスパイダーに吹っ掛けられた毒液が、皮膚を溶かしてどれくらい経っただろうか。頭がくらくらする。毒が回っているのだろう。尚且つ雨は身体に毒だ、結局全て毒なのだ。


 平和とは何か。
 ジャンゴは訪れたこの平穏が、むしろ戦慄の始まりのように感じていた。
 強さを求めて、トランスした時の、形容しがたい恐怖感と、優しさを求めて、ありのままでいる時の、どうしようもない無力感と。二つの問題を処理しようなど、無理な話だった。




 ヨタヨタと生気のないまま、家に帰る。そこには誰もいない。


 一人は慣れている。
 別に辛くはない。


 怪我なんて、これくらい痛くもなんともない。もっと生死に関わるような、そんな戦いは沢山あった。処置も手慣れたものだから、焦る必要もない。


 そうなれば、見事に退屈だった。


 空っぽの部屋。吹き抜ける風が少し寒い。
 本来なら、ここに父と母と兄がいて、そこで一人、甘えっ子としての、弟というポジションを与えられているはずだった。
 父も母もいない。存在するのは兄だけだ。しかし、未だに心を許せない。いや、許すのが怖かった。


「これでいいんだ」


 何時からか、口癖になったこの言葉。
 何かのせいにするのは面倒になった。どうせ他人が傷付くなら、自分が背負った方が楽な気がしていた。
 どこかで違うとわかっていながら、放っておいたのは自分の責任だった。


 あれ。
 いや、違う。
 何かが違う。


 殺風景な町並み。
 誰かがいないのではなく、誰もいないことに気付くのに時間はそうかからなかった。
 家を飛び出せば、外が雨だということも気にならなかった。もっと気掛かりなことがあるからだ。


「一人じゃない……僕は一人じゃない……」


 一人には慣れている。
 それは紛れも無い嘘だった。数分前の自分を否定して、存在を見出だす。ずぶ濡れの身体は、動くことを拒んだ。
 立ち尽くした、町のど真ん中。空は鼠色。
 宿屋を覗いても、果物屋に出向いても、誰もいない。他も同じだった。太陽樹にあてもなく向かったが、勿論、ジャンゴ一人、その世界に置かれているだけだった。


「皆……どこに行っちゃったんだろう……」


 不安は募るばかりで、名前を叫ぶ声すら出なかった。震える喉はちっとも静まってはくれない。
 もう、大切な人を失いたくはなかった。帰る場所を、温かく自分を迎え入れてくれる世界を壊したくなかった。


 それは、過ぎたことで、帰って来ないものだとしても。


 太陽樹を後にし、ジャンゴは再び町の中心へ向かった。


「雨、降ってたんだ」


 しとしと降る雨の冷たさをここで感じる。でも、それが影響して何かがあるなんてことはなかった。
 ぼんやり、曇天を眺める。掌を翳してみても、太陽は現れない。無意味を繰り返し、何故かそれに夢中になった。諦めたくない、証拠なのだろうか。


 その時だった。
 足音が聞こえた。


「!! 誰?」


 返事はなかった。
 恐る恐る、音のありかに目をやった。


「!? な、何で……」


 ジャンゴの目には、無数のグールの群れが一歩ずつ、着実にこちらへ向かってくるのが映った。
 この時、自分が武器も持たずに飛び出していたことに気付いた。
 とにかく、家に戻ろう、そう思い、目をやった。
 もう、行く場所は失われていた。


「っ……、どうしよう……このままじゃ……」


 彼に残されていた、"太陽"という切り札は深い雲に覆われていた。雨は無情にも降り続く。
 瞬く間に、ジャンゴの周囲をグール達が取り巻いていた。
 グール達は、ケケェと、何かを訴えるように、手を伸ばす。


「っっ……あああ!!」


 剥き出しの腕が、一瞬で冒された。また一つ、伸ばされた手の数だけ傷が増えて行く。


「助けてっ…………誰か……っ!!」


 身体は群れに飲み込まれていく。
 僅かな隙間から、焼け爛れたような腕を伸ばし、掌をいつものように翳した。そこにあるはずの、太陽を、信じた。


 最後にして、最大の痛みを感じたのはその時だった。


.


何かあればメッセージも書いてくださいね!(`・ω・´)



[TOPへ]
[カスタマイズ]

©フォレストページ