短編(アイシ・ヒルセナ)

□あの雨の日に
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十文字一輝は雨のグラウンドで動く人影に目を凝らした。
あいつは......同じクラスの小早川瀬那。パシリにしようとして見事に逃げられた。
そしてその後「泥門の悪魔」と呼ばれる金髪の2年生に恥ずかしい写真を撮られて。
あいつには近づくなと言われた。
思い起こしても忌々しい出来事のきっかけになった人物だった。
何やってんだ?こんな雨の中でずぶ濡れになりながら。
「何立ち止まってんだよ。」
「早く帰ろうぜ。」
前を歩いていた黒木浩二と戸叶庄三が立ち止まった十文字に声をかけてきた。
そして十文字の視線の先に目をやり顔を顰める。あいつかよ。もう関わりたくねぇ。
それでも。彼のそのひたむきな目に。その真剣な表情に。3人は釘付けになった。
まだアメフトのアの字も知らない3人にとって瀬那のやっていることはわからない。
でも何故か、笑い飛ばすことも、目を背けることも、動くことすらできない。
ひたすらステップを踏んでは転び、起き上がってまたステップを踏む瀬那を見ていた。

雪光学は急いでいた。
ホームルームが長引いてしまい、しかもその後掃除当番。塾に遅れてしまう。
そこで目に入ったのは、雨の中で何かを踏み続けている男子生徒。
博識な雪光にはそれが何なのかわかった。確かアメフトのラダードリルだったかな。
雪光は憧憬の眼差しをその男子生徒に送った。
運動は昔からあまり得意ではなくて、部活も母親に止められて。運動部なんて夢のまた夢だ。
だからうらやましい。こんな雨の日に夢中で練習できる彼が。その情熱が。
そこで目に入る。放り出されている鞄。多分彼のものなのだろう。
雪光はその鞄を拾い上げた。ハンカチを取り出して鞄の表面の雨の水滴を拭き取った。
その後雨のかからない屋根の下に持ってきて、壁に立て掛ける。
そして再び彼に熱い眼差しを向けた。
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