パラレル小話(セカコイ)

□エメラルドの巫女と愛すべき仲間たち
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このお菓子、美味しい!
残り全部食べていいですよ。あ、お茶のお代わり、淹れますね。
偶然2人の青年のやりとりを見た羽鳥は、呆然とした。

羽鳥芳雪は、神官付きの武官だ。
神官である高野の右腕となって動き、いざというときには高野を守る。
あくまで表向きはそういうことになっている。

だが実際は雑用係というのが、正解だ。
神官の高野の仕事は、この国の未来を正しく見通し、予言すること。
それが正しい未来であれば、巫女がそれを聞き届ける。
つまり他の人間は、その手助けをするだけなのだ。
羽鳥は少しでも高野が「予言」しやすいように、目を配るのが仕事だった。

そんな自分の仕事に不満はない。
高野が神官になって、国は安定し、人々の生活も豊かになったのだから。
それに武官が暇なのは、争いがなく平和だという証拠だ。
そんな世の中で、穏やかに暮らしていければ充分だ。

巫女様、失礼します。
羽鳥は恭しく声をかけて、巫女の部屋に入る。
そしてその光景を見て、呆然とした。
巫女と巫女付きの従者、吉野千秋は午後のお茶を楽しんでいた。
それはいい。
特に今日は旧友の雪名と木佐が差し入れてくれた菓子がある。
2人がそれを嬉しそうに食しているのも、予想していた。

問題は菓子をパクついているのが従者の千秋で、茶を淹れているのが巫女であること。
主に茶の用意をさせて、菓子を食ってる従者ってどうなんだ?
そもそも一緒のテーブルについて、茶を飲むのだってどうかと思う。

どうして巫女様に茶を淹れさせてるんだ?
羽鳥が低い声でそう言うと、菓子を頬張っていた千秋が「あ!」と叫ぶ。
どうやら言われるまで、気付かなかったようだ。
巫女は「いいんですよ、羽鳥さん」と穏やかに笑っている。

千秋、そろそろ仕立て屋がくる時間だ。
羽鳥はオロオロしている千秋にそう告げた。
千秋は菓子を頬張ったまま「忘れてた」と慌てている。
まったく暢気なものだと、羽鳥はもう呆れるしかない。

仕立て屋とは、もちろん服の仕立て屋で、この国一番と評判の者を呼んでいる。
羽鳥や千秋の服のために、そんな贅沢はしない。
巫女の服を仕立てるためにやって来るのだ。
こういうとき、千秋には特別な役割がある。
巫女の身代わりとなり、巫女と名乗って、仕立て屋の採寸や仮縫いなどに立会う。
2人の背格好がほとんど変わらないからできる事だ。

これはもちろん高野の指示だ。
巫女の顔が知れ渡れば、危険が及ぶかもしれないと心配している。
それは嘘ではないだろうが、独占欲の方が強いだろうと羽鳥は見ている。
巫女をなるべく王宮の奥に置き、人目に触れさせたくないのだろう。

さっさと来い、千秋。
千秋の身支度を待つ羽鳥は、またしても驚く。
巫女が千秋の口元についた菓子の欠片を拭いてやっているのだ。
千秋はごく自然にされるがままになっている。
おそらくこれは日常的にあることで、当たり前になってしまっているのだろう。

まったく従者としての自覚がなさすぎる。
羽鳥は恋人の無邪気な笑顔を見ながら、深い深いため息をついた。
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