パラレル小話(セカコイ)

□エメラルドコレクター
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何とかしなくちゃ。
吉野は唇を噛みしめると、拳をきつく握り締めた。

丸川署の署長、小野寺律が落としたコンタクトレンズを捜していた頃。
強行班係の刑事、吉野千秋は病院にいた。
吉野は現在、通り魔事件の捜査を担当している。
その被害者が運び込まれた病院へ、被害者の事情聴取に来たのだった。

本当に嫌な役回りだと思う。
こういう被害者への聞き取りは、全部吉野に回ってくるからだ。
係長の桐嶋禅曰く、消去法で吉野しかないのだそうだ。
他の刑事だと被害者が萎縮して、話がしにくいと言う。
最たる例が横澤で、被害者を怖がらせたり泣かせたりことは数知れず。
確かに弱っている時にあの迫力で詰め寄られたら怖いだろうなと吉野も思う。

やはり日々犯罪者を相手にしていると、みんな顔がきつくなるんだろうな。
桐嶋はそう言って、事情聴取を吉野にさせるのだ。
頼りにされるのは嬉しいが、気分は複雑だ。
吉野だって、犯罪者と渡り合える迫力を身につけたいのに。
癒し系なんて言われても、そんなの嬉しくも何ともない。
それに何より、心も身体も傷ついた被害者の悲痛な声を聞くのはつらいのだ。
どうせなら犯人に「2度とするな!」と怒鳴りつけてやる方が気が晴れる気がする。

吉野さん、柳瀬さん。お疲れ様です。
いつも組んでいる同僚の刑事と病室に向かった吉野は、顔見知りの男に挨拶された。
彼の名前は雪名皇。カウンセラーだ。
警視庁と協力関係を結んでいるカウンセリング機関に所属している。
ここ最近は「エメラルドコレクター」の被害者の心のケアに当たっていた。

彼、様子はどう?
吉野がそう聞くと、雪名は「今は無理です」と首を振った。
被害者の青年、木佐翔太はひどいショックを受けているそうだ。
しかもコートを剥ぎ取られた上に放置されたせいで熱を出しており、体力も落ちている。
それなのに夜もあまり眠れていないようなので、今は薬を飲んで眠っていると言う。

男のくせに、だらしない。
吉野の相方、柳瀬優は容赦なく言い放った。
柳瀬は綺麗な顔に似合わず、口が悪い。
それでも他の刑事よりも外見だけはソフトなので、吉野と共に被害者への事情聴取要員になっている。
柳瀬の悪態を耳にした雪名は、かすかに表情を強張らせながら、柳瀬の方に向き直った。

刑事さんにとって犯罪は日常かもしれませんが、普通の人間はそうじゃないんです。
無防備な状態で、殴られてスタンガンを当てられるのが、どれだけ怖いことか。
柳瀬に詰め寄る雪名を見て、吉野は「あれ?」と思った。
こんな風に聞き捨てならないという風に声を荒げる雪名は初めて見る。
確かに熱心なカウンセラーだが、木佐に関しては特に入れ込んでいるようだ。

眠っている顔だけ、ちょっと見てもいいですか?
木佐さんとは顔見知りだし、心配なんで。
吉野は2人の間に割って入ると、諌めるようにそう言った。
定食屋「くまや」には、吉野は丸川署に赴任してからずっと世話になっている。
そこで働く木佐とも挨拶や世間話をする仲だ。

雪名が頷いたので、吉野は音を立てないように病室の扉を開ける。
そしてベットに歩み寄り、木佐の寝顔をそっと覗き込む。
額に巻かれた白い包帯が痛々しい。
熱で紅潮した顔、そして苦しげに寄せられた眉を見ると、悔しさがこみ上げる。
さっさと「エメラルドコレクター」を逮捕できていれば、木佐をこんな目に合わせずにすんだ。

何とかしなくちゃ。
吉野は唇を噛みしめると、拳をきつく握り締めた。
木佐が目を覚ましたら、もう1度事情聴取のために足を運ばなくてはいけない。
だがその次に来るのは犯人逮捕を知らせる時だと、吉野は固く心に誓った。
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