長編(セカコイ)

□千秋と律の大冒険
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吉野千秋は怒っていた。
幼なじみで、自分の担当編集で、恋人である男に。

いつもの通り、どうにかこうにか原稿を上げた吉野は、旅行に行きたいと言った。
実は描きたい話があって、その舞台は都心ではなく田舎町をイメージしていた。
下見を兼ねた息抜き旅行を思いつき、羽鳥に同行を頼んだのだ。
急な思いつきで慌しいが、場所はどこだっていい。
校了明けの金曜日の夜、会社勤めの羽鳥にも日程的に無理はないはずだ。
今から出かければ2泊ほど出来るだろう。
いつも迷惑をかけている羽鳥にも寛いでほしいと思ったのだ。

ところが羽鳥ときたら!
今日は一之瀬絵梨佳先生の接待があるからダメだとことわられてしまった。
しかもそんな暇があるなら、さっさと次の連載分のプロットを考えろと。
頭に来た吉野は「じゃあ優を誘うから!」と捨て台詞を吐くと、羽鳥はひどく怒った。
わかっているのだ。
今回だってデット入稿で、羽鳥だってイライラしている。
でも自分は一之瀬絵梨佳の相手をするのに、吉野が柳瀬と出かけるのを怒るのは理不尽だ。

頭を冷やそうと、当てもなく電車に乗った。
そしてたまたま同じ電車に、知った顔が乗り合わせているのを見つけてしまった。
羽鳥の同僚であり、月刊エメラルドの一番若い編集部員。
吉野は彼−小野寺律に「こんにちは」と声をかけた。
律も吉野を見つけて「お疲れ様です」とにこやかに頭を下げてきた。

「これから一緒に旅行に行きませんか?」
しばらく雑談を交わした後、吉野はそう切り出した。
どうやら律も週末は何も予定がないらしい。
時々手伝いに来てくれるこの綺麗な青年と、もっと話をしてみたくなったのだ。
律は驚いた様子で、答えに詰まっている。

「すみません。変なこと言って。忘れてください。。。」
そうか、いくらなんでもいきなり旅行は驚くよな。
しかもこれから、なんて。
だが律はすぐに「いいですよ」と笑顔で答えた。
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