長編(セカコイ)

□千秋と律のクールビズ
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「あーつーいぃ!」
吉野千秋は社会人らしからぬ声を上げながら、冷房の効いたビルの中へと逃げ込んだ。
何しろ部屋に閉じこもって仕事をする身、この猛暑の中歩くのは本当につらい。

まったくここ最近の夏の暑さは何なのだろう。
天気予報では「予想最高気温は35度です」なんて平然と言ったりする。
熊谷で38度だとか、館林で39度だとか。
体温より高くなるなんて、想像しただけで気が遠くなりそうだ。

しかも今年はかなり早い段階から、すでに暑い。
東京で7月の上旬から35度超えなんて、ありえない。
それでいて夏が早く始まったから、終わりも早いというわけではないらしい。
こんな暑さが長く続くなんて、反則ではないか。

吉野は心の中で悪態をつきながら、取り出したタオルで汗を拭いた。
羽鳥と打ち合わせをするために、吉野は丸川書店を訪れたのだ。
約束の午後3時まで、あと10分ある。
とりあえず冷房で火照った身体を冷やそう。
汗が引いてから、エメラルド編集部に行くつもりだった。

「あれ、吉。。。野さん。」
吉野が廊下の隅で涼んでいると、エレベーターから見覚えのある人物が降りてきた。
羽鳥の後輩で、月刊エメラルドの一番若い編集部員、小野寺律だ。
咄嗟に「吉川先生」と呼びかけたようだが、すぐに「吉野」と言い直してくれた。

「こんにちは。今日はどうしたんですか?」
「これから羽鳥と打ち合わせで。その前に涼んでました。」
「え?今日は別の担当作家が熱中症で倒れて、羽鳥はそっちに向かったんですが。。。」

律が首を傾げながら、教えてくれる。
吉野は慌てて携帯電話を取り出すと、メールの着信を示すランプが光っていた。
予想通り羽鳥からのメールで、今律が教えてくれた通りのことが書いてある。
不在着信もある。
おそらく羽鳥は吉野が電話に出なかったので、仕方なくメールを送ったのだろう。
しかも吉野が家を出るより前に発信されている。
どうやら暑さでボーっとしていたせいで、電話がなったことさえ気付かなかったようだ。

「無駄足かぁ。。。」
吉野はガックリと肩を落とした。
早く電話に気付いていれば、こんなに暑い中無駄に動き回らずにすんだのだ。
しかも何の関係もない律を、申し訳なさそうな表情にさせてしまった。
もうカッコ悪いにも程がある。

「もう帰るのも、面倒くさいし」
吉野は半ばヤケ気味に文句を言う。
すると律が「あの」と吉野の表情をうかがうように、そっと声を上げた。
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