パラレル小話

□七光り同盟
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カツン、カツン。
背後から聞こえる規則正しい音に、律は思わず振り返る。
すると松葉杖をついた青年が、こちらに向かって進んでくるのが見えた。

小野寺律は4月に、三星学園大学の経営学部に入学したばかりの1年生だ。
入学式からオリエンテーション等々のイベントを経て、授業が始まってからほぼ1ヶ月。
少しだが大学という場所に慣れ、生活にも慣れてきた。
今日は2時限目からの授業なので、時間も余裕がある。
広い大学敷地内の緑を楽しみながら、律はゆったりと散歩感覚で次の講義の教室へ向かう途中だった。

松葉杖の青年も、おそらくここの学生だろう。
そしておそらく律と同じ1年生だ。
律もどちらかと言えば童顔で、よく「高校生?」なんて聞かれたりする。
だがこの青年は律以上に、幼く見える。
もしかしたらここの学生ではなく、見学に来た高校生だろうか?
でもあまり詳しくはないのだが、5月は見学に来るような時期ではないような気もする。
そうこうしているうちに青年は律に追いつき「こん、にちは」と声をかけてきた。

き、近代、経営、学、の、教室、こっち、ですか?
松葉杖の青年は、吃音気味にそう聞いてきた。
それを聞いた律は「そうだけど」と答えながら、首を傾げた。

近代経営学。
それは今からまさに律が受けようとしている講義だ。
1、2年生がメインで、受講しているのは数十名程度。
だがこの青年の顔は見たことがない。
そもそもいつも同じ場所でやっているのだから、受けているなら場所を聞く必要などない。

オ、オレ、しばらく、入院、してて。
だから、授業、受け、始めたの、最近、で、だから。
怪訝な顔の律に、青年は説明してくれた。
律は「なるほど」と納得すると「一緒に行く?」と誘った。

ちなみにオレも1年だから。敬語はいらないよ。
律がそう告げると、青年は「そ、か」と笑う。
その笑顔が何となく寂しそうに見えるのは、その怪我のせいなのか。
だが初対面でそこに踏み込むのが、さすがに厚かましいだろう。

オレ、経営学部1年の小野寺律。よろしく。
律がそう告げると、青年は「オ、オレも、経営、学部、1年!」と勢い込んで答えた。
そして少しためらいがちに「三橋、廉、です」と名乗った。

三橋廉。
その名を聞いて、律は「あ!」と声を上げた。
彼はもうすでに有名人だったからだ。
スポーツ推薦で進学したが、入学式直前で交通事故に遭った新1年生。
普通だったら、そこで入学取り消しだ。
例え本人に非はなくても、スポーツ推薦なのに部を続けられなければ、学校にはいられない。
それなのに入学して、大学に居続けられるのは、学長の孫だからだと噂されていた。

君が三橋君かぁ。
律がそう告げると、廉はビクリと身体を震わせた。
その拍子に松葉杖が倒れそうになり、律が慌てて支える。
すると廉は「す、すみ、ません」と答えて、そのまま行き過ぎようとした。
おそらく噂は彼の耳に入っており、少なからず傷ついているのだろう。
律はゆっくりと廉の松葉杖を押さえ、行く手を遮った。

焦ったら危ないよ。一緒に行こうって言っただろ。
律はそう言ってから、松葉杖を離した。
そして「君のペースで歩いてみて。合わせて歩くから」と続ける。
廉は不思議そうな顔で律を見ると「いいの?」と聞いてきた。

スポーツ、推薦、枠、1つ、ダメに、したって。
部の、センパイに、イヤミ、言われて。だから、オレ
廉は俯きながら、そう言った。
かわいそうに、結構いろいろ言われて追い詰められたらしい。
それにその手の話題なら、律にも思い当たることがある。

実はオレも、ちゃんとした入学じゃないんだ。
律は廉の耳元に唇を寄せると、声を潜めてそう告げた。
廉は「へ?」と間の抜けた声を上げる。
本当に大学生かと思うくらい隙だらけの顔に、律は意外とかわいいと思った。

オレの家、金持ちでさ。
この大学への推薦枠を、金で買ったんだ。
律は明るく、白状した。
廉は思わず「嘘、だぁ」と言ったので、律は「本当だよ」と笑顔で返した。

そんな話も追々しようよ。
オレ、君とは仲良くなれそうな気がする。
改めてよろしくね。廉君。
で、とりあえず、近代経営学はこっち。

律は敷地の最奥の校舎を指さすと、ゆっくりと歩き出した。
廉は「こちら、こそ!」と勢いよく叫ぶと、律の隣に並ぶ。
律は「七光りって、めんどくさいよな」と振ると、廉はコクコクと何度も頷いた。
人に話せば「贅沢な!」と切り捨てられるような、悩み。
それを共有できるとすれば、貴重な友人だ。

カツン、カツン。
松葉杖の音が、心地よく響いた。
律と廉の「七光り」で結ばれた友情は、こうして始まったのだった。
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