パラレル小話(アイシ)

□歯医者
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なんて綺麗な人なんだろう。
セナは自分を見下ろすその人の美貌に見とれてしまった。

1週間ほど前から、歯が痛んでいた。
だがしばらくは医者に行くこともなく、我慢していた。
この春に大学を卒業したばかりのセナは、金銭的な余裕がない。
もっとはっきり言えば、金欠なのだ。
何とか鎮痛剤で誤魔化していたものの、どうにも痛みが治まる気配がない。
諦めたセナは、職場から一番近い歯医者に駆け込んだ。

診察台に座り、エプロンをかけられながら、セナは緊張していた。
現れた歯科医師が、あまりにも目立つ容貌をしていたからだ。
逆立てた金髪に尖った耳、そして切れ長の目とあまりにも整った顔立ち。
体つきだって細身なのに筋肉質、いわゆる細マッチョだ。
俳優だと言われても、モデルだと言われても、納得するだろう。

痛む歯の場所を説明して、診察台が倒され、セナが口を開ける。
歯科医師は身体を寄せ、顔を近づけてきた。
診察するのだから当たり前なのだが、ひどく顔が近いと思うのは気のせいだろうか。
セナの鼻先で、歯科医師がつけているリングのピアスが揺れる。
歯科医師の吐息が、セナの耳元をくすぐった。
セナが思わず身体をビクリと震わせると、歯科医師の手がセナの頬に触れた。

緊張してる?楽にして。
歯科医師は左手をセナの下あごに添えてそう囁くと、右手に持った器具を口に差し入れる。
口の中を見られるのが、なんだかひどく恥ずかしいことのように思えてきた。
歯の治療なのになんだか性行為をされているような気になってる。
絶対におかしい。

混乱するセナは、きつく目を閉じてしまった。
だから見ることが出来なかったのだ。
歯科医師が唇を歪めて、ニンマリと笑ったのを。
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