パラレル小話(アイシ)

□料亭物語
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あんた、何してんだ!と大声で呼ばわれた。
蛭魔は醤油挿しを持ったまま手を止めて、怪訝な顔で相手を見た。

小料理屋のカウンター席で、蛭魔は夕食をとろうとしていた。
厨房は客席から見えるというオープンスタイルで、メニューは特に置いていない。
客は板前や他の店員と会話を楽しみながら、日替わりの旬なメニューをいただく。
安さや気軽さが流行っている昨今に逆行するような、昔ながらのスタイルだ。

蛭魔は元来、他人と会話をしながら食事をすることを好まない。
これはあくまで仕事の一環だった。
美味しいと人気で、最近雑誌やネットでよく紹介されている店の味を調べに来たのだった。

白菜ときゅうりとにんじん。
まずは酒を頼むと、一緒に突き出しとして漬物が出された。
彩りも美しい3種類の野菜の漬物だったが、味がしない。
確か素材の味を大事にする店と書かれていた気がするが、それにしても。
蛭魔は置かれていた醤油挿しに手を伸ばし、それを目の前の漬物に数滴落とした。
その途端、厨房の中にいる板前に怒鳴りつけられたのだ。

これは野菜の味を大事に漬けたもんだ。醤油なんかかけないでくれ。
板前が蛭魔をさらに怒鳴りつけ、手近にいた店員に品物を交換するようにと怒鳴る。
ダメだ、この店は。蛭魔はため息と共に箸を置いた。
仕事柄食べ歩くことが多い蛭魔は、鍛えられた自分の舌と味覚は絶対の自信を持っている。
その蛭魔の舌をもってしての評価は「何とも中途半端」だった。

確かにいい野菜を使っているのはわかる。
だが野菜の味を重視したのなら、あえてこんな薄味で漬物にする意味がわからない。
生のままの方が、本来の風味や歯ごたえを楽しめるだろう。
味をつけないことと素材の味を楽しむことは、似て非なるものだ。

お客様のお好きなように召し上がっていただくのが、一番だと思います。
板前の指示を受けた店員が、控えめだが凛とした声でそう言った。
蛭魔は驚いて、その声の主へと視線を向けた。
若くて小柄、まだ少年のような店員が真っ直ぐに板前を見据えている。
しっかりと芯が通った店員の言葉と態度に、蛭魔は心の中で快哉を叫んでいた。
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