パラレル小話(アイシ)

□From Host With Love
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ヒル魔く〜ん、愛してる〜♪
酒に酔った女は鼻にかかった声を上げながら、ヒル魔に身体を摺り寄せた。
ヒル魔は女の肩を抱き寄せると「オレも愛してるよ」と囁く。
セナはそんな光景を横目に見ながら、こっそりと小さくため息をついた。

ホストクラブ、デビルバッツ。
新宿歌舞伎町で営業している人気の店だ。
所属しているホストの質も高く、その割に料金は案外良心的。
そこで毎晩、癒しを求めに来る女性客が絶えない。

セナはデビルバッツで、内勤をしている。
勤めていた会社が倒産し、ついでに住んでいた社員寮も出なければならなくなった。
行く場所も仕事もなく途方に暮れていたところで、この店のナンバーワンホスト、ヒル魔に拾われたのだ。
そのままヒル魔のマンションに転がり込み、仕事まで紹介してもらった。

ホストじゃなくて、ボーイさんですか?
ヒル魔に「仕事は内勤だ」と言われて、思わず聞き返した。
ホストクラブに連れて来られた時点で、てっきりホストになれと言われると思っていたのだ。
ちなみにデビルバッツではホストのことをキャスト、ボーイのことを内勤と呼ぶ。

テメーがホストなんか、できるわけねーだろ。
ヒル魔はそう答えながら、鼻で笑った。
するとセナは「確かに」と答えて、項垂れた。

セナは自分の容姿にはまるで自信がなかった。
結局あまり伸びなかった身長、地味な顔立ち、とっくに成人を超えているのに10代に見られる童顔。
確かに第一印象だけで、ホストには不向きだ。

そんな風にして、セナはデビルバッツで働き始めた。
内勤はある意味、ホストより大変な仕事だ。
付け回し、つまりホストの交代を指示したり、金の清算をしたりする。
つまりキャストを動かす仕事である。

だがもちろん新人にいきなりそんな仕事が任されるはずもない。
最初は掃除から始まり、次に食べ物や飲み物を運んだり下げたりする給仕。
そこをそつなくこなして、キャストたちの信頼を得て初めて、仕切る方の仕事になる。
セナは半年ほど勤めて、ようやく給仕をさせてもらえるようになってきたところだ。

給仕という形で店に出るようになって、セナは初めて店でのヒル魔を見るようになった。
ヒル魔の家は高級マンションであり、セナは居候させてもらっている。
部屋でくつろいでいるだけでも充分絵になる男なのだが、店ではオーラが変わるのだ。
逆立てた金色の髪と尖った耳に二連のピアス。
タダでさえ人目を惹く美貌がさらに武装して、完璧なナンバーワンのホストになる。

そして女たちは、こぞってヒル魔に尽くしたがる。
自分の席に呼び、高い酒を注文し、高価なプレゼントを贈る。
圧倒的な王様に完全服従し、愛情を称えた目でヒル魔を見つめるのだ。

ヒル魔く〜ん、愛してる〜♪
酒に酔った女は鼻にかかった声を上げながら、ヒル魔に身体を摺り寄せた。
ヒル魔は女の肩を抱き寄せると「オレも愛してるよ」と囁く。
セナはそんな光景を横目に見ながら、こっそりと小さくため息をついた。

ヒル魔が愛を囁くのは、金になる女だ。
湯水のようにたっぷりと金を落としてくれる女にだけ「愛してる」と言う。
たっぷりではないけれど、そこそこお金を出す女には「好きだよ」と。
よくよく聞けば、しっかりと使い分けている。

だからみんな大金を払うんだな。
セナはここに来て、初めてホストに入れ込む客の気持ちがわかった。
ここに来る前のセナは、到底理解できなかったのだ。
セナの1ヶ月の給料より高い酒や、時計やらアクセサリーやらの高いプレゼント。
一生懸命金を使っても、恋人になれるわけではない。
それなのにどうして身を切るように、金をつぎ込むのだろう。

だがヒル魔を実際に目の前に見れば、その気持ちがよくわかった。
あの一瞬の笑顔のために、仮初めにささやかれる「愛してる」のために、女たちは全てを捧げるのだ。
もしもセナも女性で、ヒル魔の魔性のような魅力に捕まれば、持っている金を全て使ってしまうかもしれない。

まぁでもボクじゃ、ヒル魔さんも興ざめだよね。
セナはまたしてもこっそりとため息をついた。
ヒル魔の魅力にどっぷりハマってしまったセナだったが、金がなければ愛されることもないだろう。
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