パラレル小話(アイシ)

□The ProWrestler
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*プロレス団体の内情なんかは、私の一方的な私見です。

これはやっちゃったかもしれない。
セナは勝利をコールされながら、この状況はかなりまずいと思った。

小早川瀬那というセナの本名を知っている人間は、少ない。
家族と親戚、近しい友人。
合わせても、そんなにたくさんの人数はいないはずだ。
だがリングネームを名乗れば、コアなファンがそこそこいる。
ちなみにセナの職業はプロレスラー。
リングネーム「アイシールド21」を名乗り、活動している。

セナは小柄で細身、一見してプロレスラーには絶対に見えない。
事実、プロレス会場では、ホールを歩いていても、絶対に客にはバレないのだ。
なぜならリングに上がる時、セナは覆面をつけているから。
いわゆる覆面レスラーとか、マスクマンとか呼ばれる選手だ。
ちなみに階級は、体重100キロ以下のジュニアヘビー。
スピートを生かして、華麗な飛び技で勝負する。

だが今、セナはレスラーを続けられるかどうかの危機に瀕していた。
小さなインディーズ団体に所属していたのだが、そこは資金難のためにあと少しで活動を休止する。
会社に例えるなら、倒産だ。
給料も最近はロクに支払われていないし、このままではセナのレスラーとしてのキャリアも終わってしまう。

迷ったセナは、とある団体の門を叩いた。
同じくインディーズ団体の「デビルバッツ・プロレス」だ。
だがセナの所属していた団体よりは、かなり大きい。
全試合がインターネットで放映されているし、ときどきはCSのプロレスチャンネルにも出るのだ。
何より業界最大手のメジャー団体と業務提携していた。
つまりここで活躍できれば、いずれメジャー団体で試合をするのも夢ではない。

お前さんが「アイシールド21」か?
面接してくれたのは、酒奇溝六という男だった。
どうやらこの男が「デビルバッツ・プロレス」の社長らしい。
そしてセナの試合も見たことがあるらしく、2つ返事で「試合に出てみるか?」と言ってくれた。

かくしてセナは「デビルバッツ・プロレス」のリングに上がった。
プロレスの興行はミュージシャンのツアーのように、通常半月程度のスケジュールで地方を回る。
例えば夏ならば「サマーシリーズ」などと銘打たれ、最終日はタイトル戦になることが多いのだ。
そしてセナが出ることになったのは、あるシリーズの最終日。
もちろんいきなりシングルマッチなどができるはずもなく、3対3のタッグマッチの中の1人だ。
この団体のヘビー級チャンピオンを決めるタイトルマッチの前座の試合に急遽、セッティングされた。

これは、まず顔見せという流れだ。
試合内容がよければ、次のシリーズはフルで出場できる。
だけどこの「よければ」が曲者だった。
勝てばいいという訳ではない。
むしろこの場合、勝ってはいけないのだ。

プロレスはすべて結果が決まっていて、ぶっちゃけ試合は全部八百長。
世間にはそんな風に思っている者は少なくない。
これは正解ではないが、ある意味では当たっている。
プロレス団体はどこでも人気のあるレスラーを推す。
そんな選手をメインに、マッチアップするのだ。
理由は単純明快、その方が客が入り、売上につながるからだ。
レスラーは暗黙のうちにそれを察して、そのシナリオに沿った試合をする。

今、セナの対戦相手の3人の中の1人は、間違いなく若手の一押しだ。
次のシリーズで、ジュニアヘビーのタイトルに挑戦することも決まっている。
すなわちこの試合は、彼を活躍させて盛り上げるためのものなのだ。
つまりセナはいいところを見せながら、際どいところで負けなくてはならない。

でも、まぁ、頑張るしかないな。
セナは小さく深呼吸をすると、リングへと足を踏み出した。
途端に会場からは、ブーイングの嵐だ。
この団体の客からすれば、セナは正体のわからない謎の覆面レスラーでしかない。
この程度の洗礼は、最初から承知の上だ。

このスピードに驚け!
セナはトップロープに飛び乗ると、一気にリング下へと飛び降りる。
今、このリングの上で戦う6人の中で、セナは一番小さい。
だがその分、スピードがあるのだ。
空中戦はセナがもっとも得意とするところであり、リングの上でも映える。
この点を観客とこの団体の上層部に、しっかりとアピールしなくては。

試合開始から10分程経過した頃、敵の一押し選手とセナのマッチアップになった。
客はもうこの次のタイトルマッチが見たいだろうから、そろそろフィニッシュに向かう。
セナは少しだけ小競り合いをした後、相手選手にキックを浴びせた。
スピードを生かした、ドロップキックは自分でも綺麗だと自負している。
そして相手をマットに倒してフォール、だけど全力じゃない。
相手は3カウントが決まる前にセナを押しのけ、逆にフォールしてくる。。。はずだったのだ。

相手選手はセナを押しのけなかった。
セナのスピードが早すぎたのか、もしくは相手の実力は予想以下だったのか。
一押しであろう若手選手は倒れたまま、セナの勝ちになってしまったのだ。

試合時間12分20秒「アイシールド21」の勝利!
リングアナウンサーのコールが響き、レフェリーがセナの手を掴んで、差し上げる。
予想外の結果に、会場内のブーイングがさらに大きくなった。

これはやっちゃったかもしれない。
セナは勝利をコールされながら、この状況はかなりまずいと思った。
いくら意図的ではないにしろ、団体の意に沿わない試合をしてしまったのだから。

まぁ、クビと言われたら、別の団体を捜せばいい。
何とかプロレスで食べていけるといいのだけれど。
セナはこっそりとため息をつきながら、リングを降りた。
こういうとき、覆面は本当に助かる。
憂鬱な顔をしていても、客にバレることはないのだから。
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