パラレル小話(アイシ)

□Fake
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ここはアジアの片隅の某国の、とある場所だった。
狭い通りには小さな店が並んでおり、電化製品や携帯電話、ブランド物の腕時計や服や鞄などが並ぶ。
どこか日本の秋葉原のような品揃えであり、市場のような雰囲気だ。
店の店員、客、そして客引きなど、たくさんの人がごった返している。
この国の言葉と、英語、そしてその他にもいくつかの言語が飛び交い、活気に溢れていた。
蛭魔は左右を見回しながら、悠然とその通りを歩いていた。
捜しているものがあるからだ。

この通りで売っているものは、すべて日本や欧米の有名ブランドのコピー商品だ。
ここで買い物をする人間は、それを知って買っている。
高級ブランドを持った気分を味わいたい地元の人間、観光客。
そして本物のブランド品など知らない国から大量買付けに来たバイヤー。
主にアフリカ圏から来たバイヤーは、ブランドなど知らない母国の民に偽ブランド品を本物として売るのだ。

蛭魔はこの通りにおいては、あまりにも場違いな存在だった。
上質のスーツや靴は、地元の人間にしては身なりが整いすぎている
目的の物を捜すその眼光の鋭さは、お気楽な観光客とは違うものだ。
逆立てた金色の髪や白い肌は、アフリカ圏のバイヤーにも見えない。
そして端正な整った顔立ちは、彼の国籍さえ謎めいたものにしていた。

蛭魔はある1つの店の前で足を止めた。
おそらく畳3枚分程しかない店舗に並べられているのは、全てアクセサリーだ。
指輪やネックレス、ブレスレットにイヤリング、ペンダントのトップとチェーン。
キーホルダーや携帯電話のストラップなどもある。
全て有名ブランドのコピー商品だ。
レジカウンターを兼ねているらしい机は、煌びやかな店内の商品に比べて粗末なものだ。
店番らしい少年が机に向かって座り、無地のノートに鉛筆を走らせていた。

May I speak in English ?
声をかけると、少年が蛭魔に気づいて、顔を上げた。
小柄で細身の少年は、大きな瞳とピョンピョンと跳ねた髪が印象的だった。
可愛らしい顔立ちは、このニセモノばかり扱う店が並ぶ通りでは、店員より客の方が似つかわしい。
その少年が小首を傾げて、不思議そうな表情で蛭魔を見た。
英語が通じないのか。
蛭魔は咄嗟にそう思い、さてどうしたものかと思案した。
日本人である蛭魔は、英語と日本語しか話せない。

日本の方ですか?
意外なことに少年は、綺麗な日本語で蛭魔にそう聞いてきた。
多少外国人特有のイントネーションはあるものの、会話には困らないだろう。

デビルバッツのコピーはあるか?
蛭魔は少年に日本語でそう告げた。
少年の「日本人か?」という問いの答えも兼ねている。
無駄なことが大嫌いな蛭魔は、いつも短い言葉で目的を果たすのだ。

デビルバッツは日本発のジュエリーブランドだ。
ネックレス、腕時計、指輪、ブレスレットなど、独創的なデザインの物を取り揃えている。
だから万人受けするブランドではないが、熱狂的なファンも多い。
蛭魔はそのブランドのコピー商品を捜していた。

あります。デビルバッツ。
少年はニコリと笑うと、店の端の一角を指さした。
そこには確かに見覚えのあるデビルバッツの商品が並んでいた。
蛭魔はそのうちの1つ、ペンダントを手に取った。

それはすごくよくできていた。
本物はゴールドやプラチナを使っているが、この店のコピーはもちろんそんな高価なものではない。
だけどデザインはそっくりだったし、細工も細かい。
それに何より作りがしっかりしていた。
普通コピー商品は留め金など雑な仕上がりで、すぐに壊れてしまうことも多い。
だけどこのコピーは、丁寧な作業で仕上げられているのがわかる。

これを作ったのは誰だ?
それを尋ねようとした蛭魔は、ふと少年が描いていたノートに目を落とす。
少年は鉛筆で、指輪のデザイン画を描いていた。
それもデビルバッツのものであり、どうやらコピー商品の原画のようだ。

この店の商品は、お前が作ったのか?
蛭魔がそう聞くと、少年はコクリと頷いた。
これはかなりの腕前だ。
蛭魔は店内に飾られた様々なブランド品のコピーを見回すと、思わずため息をついた。
一流ブランドのジュエリーデザイナーと比べても、ひけをとらない。

ここにあるデビルバッツを全部買う。それとお前の腕も買いたい。
蛭魔はそう切り出した。
微妙な沈黙の後、少年は「あなた、誰?」と言った。

俺は蛭魔。デビルバッツのオーナーで、チーフデザイナーだ。
もしもこちらの要求に応じないなら、この店を当局に摘発する。
蛭魔はきっぱりとそう告げた。
少年は大きな目をさらに見開いて、蛭魔を凝視している。

蛭魔は当初の目的とかなり違ってしまったことに、苦笑した。
本当は偽物を扱う店を潰して、コピー商品を作る者を逮捕させるつもりだった。
だけど実際の商品を見て、そしてこの少年を見て、気が変わったのだ。
どちらもこんな場末の偽物の店で埋もれるには、惜しい。
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