パラレル小話(アイシ)

□Carer
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お前が泥棒猫か?
蛭魔は目を眇めて、少年のような男を見下ろした。

蛭魔の父がこの世を去ったのは、2週間ほど前のことだ。
はっきり言って驚きはない。
長いこと介護施設に入所していたから、いつかこの日が来るとは思っていたのだ。
予定よりかなり早いが、問題はない。

予想外の事態が起きたのは、葬儀の後だった。
父親の友人で弁護士だと名乗る男が、父に遺言状を持って来たのだ。
そこには、財産を小早川瀬那という青年に譲ると書かれていた。

はっきり言って、父親の財産が欲しいわけではない。
そこそこ、いや世間一般のレベルでいえば、かなりの額の金を持っていたことは知っている。
だが蛭魔本人の預貯金に比べたら、微々たる額なのだ。

父がそれを蛭魔の手に渡らないようにしていることなど、予想の範囲内だ。
何かの慈善事業団体に寄付する、くらいのことは予想していた。
だがまさか特定の個人に譲るという遺言には、意表を突かれた。

問題はその中に、蛭魔が経営する会社の株があることだった。
元々蛭魔の会社は父親が興したものであり、父には形ばかりの「相談役」という肩書があったのだ。
だから個人株主としては、かなりの株数を保有している。
これだけは何とか手に入れておかないと、会社の反対派閥に売り渡されたら面倒だ。

すぐに小早川瀬那なる人物について、調べた。
身元はすぐにわかった。
彼は父親が晩年を過ごした施設で働く、介護職員だった。
1人でアパートを借りて暮らしており、どこにでもいるような普通の青年だった。

年齢は25歳とある。
だが写真で見る限り、まだ10代でも通りそうだ。
びっくりするような美人ではないが、可愛らしい顔立ち。
また身体つきはかなり華奢で、童顔と相まって庇護欲を掻き立てる。

なるほど、親父はこの見た目にヤラれたのか。
一通り「小早川瀬那」のデータを見終えた蛭魔は、苦笑した。
唯一の息子にして身寄りである蛭魔とは、あまり折り合いがよくなかった。
そんなとき世話をしてくれた可愛い介護士が、健気に見えたのだろう。

まったく最後まで面倒なことをしてくれる。
だがやっかいだとは思わなかった。
「小早川瀬那」の経歴を見る限り、ごくごく平凡な小市民だ。
後ろめたさも感じずに、身寄りでもない人間の遺産をもらえるタイプではない。
少々金を渡してやれば、遺産放棄の書類に判を押すだろう。

かくして蛭魔は秘書を伴って、父が入所していた介護施設に来た。
折りしも時刻は昼時で、スタッフが慌ただしく動き回っている。
蛭魔はその中から目的の青年を捜し当てると、彼の前に立ちはだかる。

お前が泥棒猫か?
蛭魔は目を眇めて、少年のような男を見下ろした。
自分の容姿は整っているけど、初対面の相手には怖く見えることがあるのは承知している。
目の前のか弱い青年なら、威嚇するには充分なはずだ。

だが青年は、蛭魔の視線に怯むことはなかった。
それどころか目を逸らすことなく、蛭魔を真っ直ぐに見上げている。
どうやら蛭魔が何者かわかっているのだろう。
しかも何か蛭魔に言いたいことがあるようだ。

何だ、この施設は。職員の態度、悪いな。
蛭魔が茶化すように挑発しても、青年は乗ってこなかった。
事前の連絡もなく、こんな忙しい時間に来る非常識な人に言われたくないですね。
青年は憎らしいほど冷静に、そう言い返した。
そして「僕、お父様の遺産は放棄しませんよ」と付け加えた。

蛭魔にとって、思わぬ展開だった。
めんどくさくて、忌々しい事態であると言える。
だけどそれ以上に、この小早川瀬那という青年に、興味が湧いていた。
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