パラレル小話(セカコイ)

□クラブ「エメラルド」へようこそ
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うっそぉ−−−!
フロアのほぼ全員が、声を裏返して叫んだ。
その中心には小柄で細身の美しい青年が、困ったような苦笑を浮かべてうつむいている。
その背後に立つ長身の青年が、どうだと言わんばかりの得意げな表情で一同を見回した。

クラブ「エメラルド」は新宿歌舞伎町に店を構えるホストクラブだ。
カッコイイ系からカワイイ系まで、美形のホストを揃えている。
料金はこの手の店の割には良心的で、ぼったくるようなこともない。
目指すは新宿一、いつかは日本一の癒しの空間。
ホストたちも店のスタッフたちも一丸となって、頑張っている。

そのエメラルドに、今日1人のホストがデビューした。
彼の名前は律。
この店に拾われる前は、この界隈を徘徊するホームレスだった。
一時は路上に生活する者たちが多かった時期もあるが、最近は少ない。
規制が厳しく、1つの場所に定住しようものなら、直ちに撤去させられてしまうのだ。
律はそんな当局の取締りをかいくぐるように生きていた。

エメラルドのホストたちも、時折そんな律を見かけていた。
汚れてあちこちが破れている服、ガリガリに痩せた身体、伸び過ぎた髪。
そのときには、律の薄汚れた身なりばかりに目が行き「汚いな」と思っただけだった。
律に目をつけたのは、エメラルドのホストたちの中でリーダー的な存在の男。
毎月売り上げでは必ず上位3位には入るホスト、嵯峨だ。

ある日の閉店後、ホストたちは店の裏口の辺りに座り込んでいた律を見つけた。
店長の横澤があからさまに顔をしかめ、追い払おうとした。
ホストたちは、かわいそうだから残り物の料理でもあげようなどと言い出した。
だが律の顔をじっと見ていた嵯峨が、いきなり律の細い腕をつかんで立ち上がらせた。
そして「コイツは俺が預かる」と言って、そのまま連れて帰ってしまったのだ。
嵯峨の奇行ともいえる行動に、他のホストたちは唖然とした。
だが日を重ねるうちに、ホームレスの男のことなどすっかり忘れていた。

そして約1ヶ月経った今日、律はホストとして店に戻ってきた。
高級ブランドのスーツに身を包んで立つ律に、フロアのほぼ全員が驚きの声を上げた。
伸び放題だった髪はすっきりと切られ、美しい顔が現れていた。
痩せすぎだった身体は少し肉がついたようだが、細身で均整がとれている。
何よりも印象的なのは、緑色がかった大きな瞳だ。
吸い込まれるような深く、神秘的ですらある。
この青年は売れる、と誰もがそう思った。

律です。よろしくお願いします。
頭を下げる律の後ろに立つのは、どうだと言わんばかりの得意そうな表情を浮かべた男。
この青年の美しさを見抜いて、磨き上げた嵯峨だ。
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