パラレル小話(セカコイ)

□Voice Actor1
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ああ、気が進まない。
小野寺律はもう何度目かわからないため息をつきながら、スタジオに向かった。

律の職業は「声優」−いわゆる声の俳優だ。
声優養成所を卒業して、数年。
今まではアニメや海外ドラマの吹き替えなどの仕事をこなしていた。
だがそれらの作品を見ていても、律の役柄を憶えている者などいないだろう。
そんな程度の端役ばかりだ。

その律についにアニメの主役の話が来た。
とはいってもキー局ではなく、独立系UHF局で深夜に放送する作品だ。
正直言って気が進まない。
別に局や時間帯の話ではなく、作品のことだ。
この作品はいわゆるBL−男性同士の恋愛の話なのだ。

わかっている。作品の選り好みなどできる分際ではない。
声優になるのは狭き門。
多分俳優や歌手やアイドルなど他の芸能人より大変なのではなかろうか。

そもそも顔が見えないから、年齢、性別も関係ない。
声さえ役に合えば、どんな役でも演じることもすることも出来るのだ。
老年でも若い役を、女性でも少年の声を演じたりもする。
それはそれでいいことなのだが、それは若手声優にとっては厳しい現実でもある。

いつまでも演じられる。
つまり定年がないから、大御所声優はいつまで経っても辞めないのだ。
声優の数は増え続け、その上最近では俳優やアイドル、果てはお笑い芸人まで声優をすることもある。
つまり年々競争率は上がり、役を獲得するのは大変になっているのだ。
そんな中、キャリア数年で主役が決まったのに贅沢など言えるわけがない。

仕方がない。割り切るしかない。
これでいい演技が出来れば、きっと次につながる。
律は懸命に自分に言い聞かせながら、スタジオの扉を開けた。
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