パラレル小話(セカコイ)

□Voice Actor2
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やだよ、どっちも!
律はマネージャー相手に、盛大に文句を言った。

小野寺律は「織田律」という名前で声優をしている。
少し前までは本名も顔写真もプロフィールも、全て非公開で仕事をしていた。
声優は声の仕事、顔などはあまり出すべきではない。
律は声優という仕事に対して、そういうポリシーを持っている。

だが昨年、1つだけ本名で仕事をした。
往年のアニメのリメイク作品だ。
イベントにも積極的に参加し、主題歌も歌った。
そこまで深くかかわったのは初めてだったし、そもそも主役も初めてだ。
振り込まれたギャラは、今までの仕事とは桁違いの金額だった。

そこからしばらく律は休養期間に入った。
律としては「ほとぼりが冷めるまで」というつもりだった。
世の中に顔と本名が知れ渡り、いろいろと大変なのだ。
この前はコンビニでおでんを買っているときに「握手してください!」と声をかけられた。
しかもその後、SNSで「織田律、大根と卵買ってた!」と呟かれていた。

やっぱり顔を出すのは、面倒だ。
しばらくはおとなしくしていよう。
幸いなことに懐はまだ温かいし、焦って仕事をしなくてもいい。
だがそんな律の決心をよそに、事務所は仕事をしろとうるさく言ってきた。
仕事がなくても、所属事務所には定期的に顔を出すことになっている。
マネージャーは毎回、律を見るたびに説教するのだ。

顔がまったく出ない仕事なんて、贅沢言ってんじゃねーよ。
今はイベントとか必須なんだぞ!
声優はもう演じるだけの黒子じゃない。
自分自身のキャラも押し出して、アピールする時代なんだ。

律としては、返す言葉もない。
マネージャーの言葉は理屈じゃない。今はそういう時代なのだ。
アニメ声優は今やアイドルであり、声以外の魅力も必要とされる。
律の主義主張は正しいわけでも、間違っているわけでもない。
ただただ世間の流れに逆行しているだけなのである。

てなわけで、今お前に来ている仕事は2つある。
できれば両方やってもらいたい。
マネージャーはいつもの説教を終えた後、そう言った。
そしてその2つの仕事を説明していく。
だがその内容を聞いた律は思わず「やだよ、どっちも!」と文句を言った。
すると「暴れグマ」の異名を持つマネージャーに「テメェ、ふざけるなよ!」と怒られた。

ああ、理想と現実は違いすぎる。
結局折り合わないまま2つの仕事は保留となり、律はすごすごと事務所を出た。
はやく帰って、恋人に相談したい。
彼ならば、今の自分の意見をどう思うだろう?
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