パラレル小話(セカコイ)

□エメラルドコレクター
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『至急、現場に急行してくれ』
「わかった」
羽鳥は無線連絡に答えると、覆面パトカーの天井部にサイレンを乗せる。
同時にハンドルを握っていた高野が、アクセルを踏み込み加速した。

高野と羽鳥は、警視庁機動捜査隊に所属する警察官だ。
2名でペアを組んで捜査車両に乗車し、担当管轄である丸川署内をパトロールする。
そして事件や事故を目撃するか110番通報入電の無線指令を受けると、現場へ急行し初動捜査を行う。

「またエメラルドコレクターですかね?」
「そうじゃなければいいが。」
緊張感で張り詰める車内に、2人の言葉が響く。

エメラルドコレクターとは、最近丸川署内に出没している通り魔だ。
いずれも被害に遭うのは20歳前後の若い男性。
しかも小柄で童顔で一見して10代にも見えそうな男性ばかり、もう3名襲われている。
手口はスタンガンで気絶させて、持ち物を奪うのだ。
奪われるものが変わっていて、靴だったり、カバンだったり、帽子だったりする。
その全てが鮮やかな緑色のものばかりなのだ。
そこでついたあだ名が「エメラルドコレクター」となったわけだ。

今回の出動は110番通報入電によるものだ。
若い男性が路上に倒れているという。
しかも冬だというのに、上半身は薄いシャツだけという軽装らしい。
もしかして被害者が緑色のコートなどを身につけていたなら、剥ぎ取られた可能性が高い。

程なくして現場に到着した高野と羽鳥が、捜査車両を降りた。
そこには人垣ができていたが、交番勤務の制服警官がいち早く駆けつけていて、現場を保存している。
高野と羽鳥は顔見知りの制服警官に軽く手を上げて挨拶すると、その場に倒れている青年を見た。
情報通り、この寒さには不自然な薄着だ。

間違いない。エメラルドコレクターだ。
高野はそう断言してから、憂鬱な気分になった。
被害者の服装だけでなく、かわいらしい顔の青年だったのでそう思った。
だがそれが一瞬でわかるようになってしまった自分が嫌だった。
犯人の趣味などわかりたくもないし、そもそも逮捕できずに4件目の犯行を許してしまったことが悔しい。

凶暴化してますね。
羽鳥は不愉快そうに顔をしかめた。
この青年は首元にスタンガンの痕があるだけでなく、額からも出血している。
犯人に殴られたのか、もみ合った末にぶつけたのか。
とにかく被害者は重傷だ。
手口がどんどん荒っぽくなっているのは間違いない。
高野はこみ上げてくる怒りを押し隠しながら、冷静に「そうだな」と答えた。

倒れている被害者の姿が一瞬、恋人の姿にタブって見えた。
高野の恋人である青年もこんな感じのかわいらしい容姿なのだ。
恋人には、緑色の物を着たり持ったりすることを固く禁じている。
そもそも好みでないのか、彼が緑色の服や靴や鞄を持っていた記憶もないが。

救急車のサイレンが近づいてきた頃、被害者の青年がかすかに目を開けた。
自力で立ち上がることはできないようだが、呼びかけには答えられるようだ。
羽鳥が「お名前は?」と青年の耳元で、声を張り上げる。
青年がか細い声で「木佐、翔太」と答えた。
高野は驚いて、未だに朦朧としている青年の顔を見た。

どこかで聞いた名だ。
それによくよく見ると、顔にも見覚えがある。
だが高野が思い出す前に救急車が到着し、青年は担架に乗せられ、運ばれていった。
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