パラレル小話(セカコイ)

□Ghost Nocturne
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またか。
高野政宗は中空に向かって、何やら喋っている恋人に顔をしかめた。

高野は恋人である浄霊師の小野寺律と、何とか1つ屋根の下での生活にまで漕ぎ付けた。
とは言っても、いわゆる世間一般で言うところの同棲とは少し違う。
高野は都内某所に中古の住宅を借りたのだ。
2階建の家屋で、二世帯住宅と言われるタイプの構造だ。
1階と2階は完全に独立しており、部屋だけでなく玄関もキッチン、バストイレも別々だ。
高野は1階、律は2階で暮らしている。

高野としては、少々不満が残る同居だった。
仕事は別々の部屋でするのは仕方ないとしても、それ以外はベタベタと過ごしたい。
だが2階の律の部屋は外階段を使って出入りする。
つまりどちらかがその気にならなければ、顔を合わせることもないのだ。
そして律の方から高野の部屋に来たり、自分の部屋に呼ぶことはなかった。

だが仕方がないといえば、仕方がないかもしれない。
霊が見えるという特異な体質の律は、恋人とイチャイチャするなどということはできない。
いつも見られている状態だから、恥ずかしいのだと言う。
今は上下に住んで、生活音が聞こえるだけでもかなりマシだ。
時に無茶なことをする律は、人知れず危険に飛び込み、怪我をする。
こうして無事なことが音でわかるだけでも、安心できる。

今日も最後の客が帰宅した後、高野は律の住む2階に向かった。
まったく金銭への欲望がない律は、いつも貧乏だ。
客がなくて収入がないときは、当たり前のように食事をしない。
だから高野は夜は必ず律を自分の部屋へと呼び込んで、手料理を振舞った。
最初は恐縮していた律も、最近では素直に一緒に食事を摂る。
こうなれば胃袋もガッチリ掴んでしまおうという下心も込みだ。

律、入るぞ。
高野が律の仕事場兼住居である2階の扉を開けた。
ソファに腰掛けた律は、じっと中空の1点を見ながら「はい、はい」と頷いている。
入ってきた高野に気付くと、一瞬だけ高野の方を見て頭を下げた。
だがすぐに視線を戻すと「ええと、ですね」と口を切る。
知らない者からすれば、律は1人で喋っているアブないヤツにしか見えない。

またか。
高野は中空に向かって、何やら喋っている恋人に顔をしかめた。
律には今十数人の霊がついており、大家族よろしく同居しているという。
だがそのほかに、たまに遊びに来る霊というのがいるらしい。
彼らはいつもは生前自分と縁が深かった人間に憑いている。
だが自分の存在を認識していない人間に憑いていると、寂しくなる者もいる。
そういう者たちの何人かが、時々律の元を訪れるという。
彼らは律としばらく話をしたり愚痴をこぼして、また憑いている人間のところへ帰っていく。

霊相手にカウンセリングなどしても、金は取れないだろう?
高野は何度も律にそう言った。
だが律はキョトンとした表情で「話を聞くだけでお金なんか取れませんよ」と言い切った。
高野としては苦笑するしかない。
高野の仕事は占い師だが、その実情はカウンセラーだ。
悩みを聞き、もっともらしく運気を上げるなどという単語を混ぜながらいい気分にさせる。
ぶっちゃけ「話を聞くだけで金を取る」仕事なのだ。

ええと、それじゃ木佐さん。また。
律がそう言って頭を下げるのを見て、高野はようやく押しかけてきた霊が帰ったことを知った。
最近よく来る「キサ」という霊は、とにかく話が長いらしくて困る。
だが帰ったようだし、ようやく恋人との時間だと身を乗り出した瞬間。
律はとんでもないことを言い出した。

高野さん、詐欺にあってくれませんか?
律は至極真面目な表情で、高野をジッと見つめている。
高野は「はぁ!?」と声を上げたものの、それ以上の言葉が見つからない。
ただ呆然と律の顔を見つめ返し、奇妙なにらめっことなってしまった。
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