パラレル小話(セカコイ)

□万引きGメン小野寺律
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お客さん、レジを通してない商品をお持ちですよね?
律はスーパーマーケットを出て、帰ろうとした中年の女性客の背中に声をかけた。

小野寺律はスーパー「丸川」で警備を担当している。
もっと具体的に言うと、客を装って店内を巡回し万引きを摘発する仕事。
いわゆる万引きGメンだ。
所属はスーパー「丸川」ではなく、契約している警備会社から派遣されている。
元々は要人警護の仕事がしたくて「エメラルドセキュリティ」に入社した。

なのに俺はいったい何をしてるんだ?
律は毎日、この不当な扱いを呪いながら仕事をしている。
というのも、今の律はどこからどう見ても女性だ。
クリーム色のブラウスに茶色のミニスカート、髪はロングヘアのウィッグをつける。
しかもうっすらとメイクまで施していた。
平日昼間のスーパーの客層はほとんど主婦であり、若い男性が長時間うろついていると目立つ。
だからこうして女装をして、巡回に当たっているのだ。
発案者である上司の高野曰く「コンセプトはまだまだ独身気分が抜けない新米主婦」だと言う。
なによりも嫌なのは、自分の目から見てもちゃんと女に見えることだ。

それでも何とか要人警護の部署に回してほしくて、懸命に仕事をしている。
今までの万引きGメンたちと比べても、摘発件数は悪い方ではないらしい。
だがスーパー「丸川」の店長の横澤はお気に召さないようだ。
前任者と比べると全然ダメだと、嫌味が絶えない。

ちょっとお会計を忘れちゃってて。ちゃんと払いますから。
中年の女性客は、わざとらしい言い訳を始める。
だが律は「事務所で聞きますから」と、万引き犯を事務所へと連行していく。
最初はいちいち相手の言い分を信じて、時には同情したりもしていた。
だがもう律は彼らの言葉には一切耳を貸さない。
なぜならもう信じるのが馬鹿らしくなるほど、いろいろなことがあったからだ。

泣きながら「もうしません」とあやまった男が、数日後にまた万引きをするとか。
金がなくて食うにも困って仕方なかったと俯く女の財布に、数万円の現金が入っていたとか。
子供が万引きしたというのに、逆ギレして律に怒鳴り散らす親もいた。
とにかくもう人間不信になる要素は満載の職場だった。

まったくやってられない。
律は通報を受けて駆けつけた警察官に万引き犯を引き渡すと、心の中で悪態をついた。
犯人の女は連行されながら、じっと律を睨みつけていた。
そんなに捕まるのが嫌なら、万引きなどしなければいいのに。

夕方になると学生や会社帰りの勤め人の姿が増え始めると、律も扮装を変える。
この時間帯なら若い男が買い物をしていても珍しくないから、女装の必要もないのだ。
今日はTシャツにジーパン、そしてその上にネルシャツを羽織った。
メイクも落としてウィッグも外してこの服装になると、童顔な顔も相まって学生っぽくなる。

あの人、また来ている。
夕飯の買い物で混雑する店で、律は週に2、3度来店する青年を見つけた。
年齢は多分律と同じか、少し上かもしれない。
可愛らしい顔立ちなのだが、視線も態度もキョドキョドと落ち着かない。
彼はこの近所の資産家の息子で、知的障害があるのだと言う。
律はここに派遣された初日、この青年は万引きを見つけても見ない振りをするようにと言い渡されていた。
資産家からは毎月スーパー「丸川」に金銭が支払われているらしい。

青年は今日も菓子のコーナーに足を進めると、棚からチロルチョコを取る。
そしてその場で包装を破ると、そのまま口に放り込んだ。
彼は来店すると、毎回これをする。
律も最初は驚いたのだが、今はもうすっかり慣れた。
彼が床に放り捨てるチョコの包装紙を律が拾ってゴミ箱に入れるのも、すっかり当たり前になっていた。

まったく変な客ばかりだ。
律はため息をつくと、彼が捨てていった包装紙を拾い上げる。
そして何気なく見たそれに文字が書き込まれていることに気がついた。

これって。まさか。
律は慌てて先程の青年の姿を捜した。
だが青年はもう店を出てしまったようで、いくら捜しても見つからなかった。
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